メルンテーゼの王都、その中央市はいつも沢山の人と活気に溢れている。
幅広の通りの両脇には無数の露店がひしめいて、食料から衣類、武具、雑貨、
果ては異国の美術品に至るまで、様々な物が取引されていた。
そんな賑やかな市の中をぶらぶらと歩く人影が、ふたつ…——。




「………………」

食料品が詰まった紙袋を抱えながら、ブラックは隣を歩く相棒、ジャックの姿をちらりと盗み見る。
人混みの中でも頭ひとつふたつ抜けた長身と、その頭で揺れる金色のポニーテール。
これまでの彼ならば少し目を離した隙にふらふらと露店を覗き込んだり、
肉を買いに走ったりと忙しないはずなのだが、ここ最近は以前より少し大人しい。
むしろブラックが姿を消さないようにと気を配りながら歩いているようにも見える。
あの自由奔放を地で行く脳筋ゴリラのジャックが、だ。

（うーん…やっぱり前の悶着以降、だよな。これは）

『一悶着』と言えば何やら軽い響きだが、あれは二人に取ってはこれまでにない大事件だった。

ある日街中で偶然出会ったとある女に実母の面影を重ねたブラックは、
そこで自分の旅の本来の目的を改めて思い出した。
即ち、自分を捨てた母親への復讐である。
幼少の砌より育み続けた憎しみは、彼の生きる意味そのものでもあった。
けれどジャックと過ごす時間は思いの他…否、想像以上に面白く、このままでは自分の信念が揺らいでしまう。
そんな危機感を覚えた彼は、この王都に来てから二人で挑んでいた『ネクター事件』にケリをつけ、
それを最後にしてコンビを解散しようと考えたのだ。

結果、目論見は大失敗。
単独行動をしていたところを『暴走』だと捉えたジャックに気に入らねえとぶん殴られ、
肋の骨を折る重傷を負い、自分の過去と思いの丈を洗いざらい吐いたもののバッカじゃねーのと笑い飛ばされ……
まあ要するに大喧嘩をして散々貶された挙句に丸め込まれたのだ。

だが、感謝している。
ジャックは復讐という歪な考えをたしなめ、これからはそんな過去に囚われずに生きろと。
自分の相棒としてこれからも生きろという言葉をくれた。
そのたった一言で、自分はこの半生の間抱き続けていた怨嗟の念から解放されたのである。
ブラックにとっては劇的な変化であった。

が、一方でジャックには——おそらく本人自身も気付いていないとは思うが——不信感と不安を与えた。
つまり『相棒はいつかまた心変わりして自分から離れていこうとするのではないか』という疑念である。
首輪代わりだといって無理矢理ピアスをつけさせたり、外出を制限したり、
今現在のようにはぐれることを警戒して目を光らせてみたり…
今までには見られなかったそういった行動を多く取るようになったのだ。

（俺自身はもう何処にも行くつもりはないんだけどなあ……）

一見元の鞘に収まったように見えても、あの出来事は確かに二人の間の空気をほんの少しだけ変えて、
以降ずっとそのままだ。
左耳につけられた紅玉のピアスの存在感を思いながら、ブラックは小さな溜息を吐いた。




と、そんな葛藤を掻き消すかのような大声が突如人波、の一角であがる。

「号外！号外ー！！国王陛下、崩御！国王パラダイス陛下、崩御！！」


わっと群衆の声が上がる中、二人は顔を見合わせた…——。






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★ジャック（Eno.1597）の日記に続きます
http://lisge.com/ikki/r/k/k1597.html#DIARY

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