企画（http://ikki.x0.com/lounge_bbs.php?top=free&mode=kizi&no=342）に参加してくれたENo.949 狂骨さんを書かせていただきました。デュエル頑張って！　仕掛けられた方も頑張って！

■本文

　血のように染まった空の下、鮮やかな血が咲く。
　俺は夕暮れ時、通りかかった行商人の馬車を襲った。屋根付きの馬車。きっと金になると踏んだ。俺はまず、腹の突き出た行商人の喉を、愛用の長刀で切り裂く。
　挨拶代わりだった。
「まずひとぉり！」
　普段から人通りの少ない寂れた道は、舗装もされておらず、地面がむき出しになっている。そんなでこぼこした道の上に、俺の身長ほどもある長刀で喉を裂かれた行商人がよろよろと倒れる。致命傷ではあるが、即死ではない。そうそう、たっぷり苦しめて殺さないと芸がない。喉を裂かれた行商人は、血を止めようと必死に傷口を手で押さえている。
　無駄だよ。
「うひゃひゃひゃ！」
　俺はけたたましい声でけたけた歯を鳴らして笑う。俺には舌はもうないが、かろうじて笑うことができる。声帯を通さないくぐもった声が響き渡る。
　狂喜する。
　狂気する。
　人が人を殺す。人生の楽しみなんてものは、突き詰めてしまえば、そこに帰結するんじゃないか。
　俺は、失ったはずの股間が熱くなるのを感じた。
　眼球のない穴の開いた眼窩で次の獲物を睨む。俺が歩くたびにがしゃがしゃと骨が音を立てる。
「この化け物！」
　と、もう一人の行商人が剣で斬りかかってくる。
　あえて避けなかった。
　お姫様が持つような細い剣は、俺の骨に弾かれた。そら見ろ。
「そんなお上品な剣じゃ、俺は殺せねえんだよぉ！」
「ひっ」
　行商人は情けない悲鳴を漏らす。
　そうこなくっちゃ。
　せっかく殺してやるってのに反応がなかったら興醒めだ。
　俺は、骨と骨の継ぎ目をぎちぎちと鳴らしながら、行商人を滅多刺しにする。
「冥土の土産に教えてやらあ！　俺の名は狂骨！　よぉく覚えてから死ねえ！」
　親に付けてもらった名前なんて、もう忘れた。最低な俺を生んだ最低な親は、もう殺してしまった。
　今は誰ともなく呼ばれ始めた【狂骨】という通り名が俺を識別する唯一の名前。肉が削げ落ちて骸骨になってしまった俺に相応しい名前だ。
　人間は平等だって言うだろ？　だから王様に逆らう者は、老人も子供も男も女も関係なく、等しく殺した。王様に逆らっていない者も遊び半分に殺した。多分、殺し過ぎたんだろう。俺は仕えていた王様に処刑されてしまった。
　恨みだけが残った。その恨みが処刑されたはずの俺を動かしている。
　骨しか残っていない俺の中で、その恨みだけが熱を持つ。その恨みがもっと殺せと叫んでいる。
　だから殺す。
　もっと殺す。
「うひゃひゃひゃひゃ！」
　一通り殺し終えたところで、俺はあたりを見回す。血と肉が道一杯に広がって、濃厚な血の匂いが立ち込めている。いや、それは幻覚に過ぎず、俺の生前の記憶がそう錯覚させているだけなのかもしれない。
　さて戦利品をいただこうか、と馬車に乗り込む。
　その時、こほっ、と咳の音がした。
　お、まだ生きていた奴がいたか。
「なにもしないから出てきなあ」
　と俺は猫撫で声を出す。もちろん嘘だ。
　咳をした主はなかなか出てこなかった。俺はイライラしてくる。秒針が一回りした時、俺は我慢できずに馬車に押し入った。ぎちぎちと骨が鳴る。
「おらぁ！　出てこねえとぶっ殺すぞ！」
　その少女は、汚い毛布に小さな体を包み込んで、苦しそうに息をしていた。
　日の光を知らないかのように青白い肌。肉付きの薄い華奢な手足。黒漆のように艶やかな長い髪。そして口紅を差していないにもかかわらず桜色に潤んだ唇。生と死の境界線をたゆたうような、それでいて美を留めた少女だった。年齢は一四、五と言ったところ。
　肺を病んでいるのか。
　もう長くない、そう思わせるに十分なほど衰弱している。
　俺は少女の黒髪を、骨だけの手でつかみ、馬車から引きずり下ろした。
　長刀を突き付ける。
「……」
　と、少女は無言のまま俺を見上げる。
　死ぬのが怖くないのか、夜の空色にも似た瞳が俺をまっすぐに見詰めていた。恐怖もなく、侮蔑もなく、ただ俺を見ていた。こんな風な目で見られた記憶は俺にはない。親でさえ、俺をゴミのように見ていたのに。
　屈辱的だった。
　少女は、死に対してあくまで端然と接していた。自分がもう助からないと知っているのかもしれない。
　面白くねえ。
　殺しってのは、痛いとか助けてとか泣き喚くから楽しいんだ。死を受け入れた奴を殺してなにが楽しい？　しかも、この馬車は大聖堂に向かう道を通っていた。荷物も大聖堂への供物らしい。と言うことは、少女は大聖堂で奇跡でも乞おうとしていたのかもしれない。
　面白くねえ。
　俺は、少女を絶望させる殺し方が思い浮かぶまで生かしておくことにした。

†

　賞金首である俺は、廃墟となった寺院をねぐらにすることにした。食事も睡眠も必要としなくなった俺にとって、どこにいようと関係がない。しかし少女は違う。脆い人間なのだ。雨露しのげる屋根が必要だ。と言って俺は憐憫の情とやらに目覚めたわけではない。少女を絶望させるまで死なれては困る。
　あれから少女は口一つ利かない。
　寒そうに汚い毛布に包まり、苦しそうに息をするばかり。
　俺が盗んできてやった食い物にも手を付けようとしない。それだけじゃない。この少女は俺をまったく怖がらないのだ。
　誰にもすがらず、誰にも頼らず、少女はたった一人で病と死に向き合っていた。奇跡を乞うために大聖堂に向かおうとしていた、という俺の推測はもしかしたら違っていたのかもしれない。あるいは、少女はただ死ぬために大聖堂に向かっていたのではないか。そんな埒もない憶測が俺の胸に浮かんだ。
　やがて少女が息を引き取る日がやってきた。
　異変を感じたのは早朝のこと。少女がなかなか起きようとしない。そこで初めて俺は異変を感じ取った。
　中身が入っていないかのように軽い少女を背負って、寺院から駆け出す。石階段を骨が叩いてゆく。
　外に出ると、空は今にも泣き出しそうだった。
　そこで俺はようやく気付く。俺はどこに行こうとしていたのだろうか。俺のような化け物が人里に下りたところで医者を呼んでもらえるわけがない。大体、俺は少女をどうしたいんだ？　助けたいのか？
　そんなはずはねえ。
　苛立ちながら俺は少女をそっと下ろす。骨ばかりの手で、少女の顔に張り付いた黒髪を梳く。
　少女の息には死の匂いがした。肺を病んだ者に特有の死の香りだ。
　今までずっと無表情だったのに、少女はひどく怯えた顔をしていた。ようやく天国に招かれながらも己の罪の重さにわななく罪人のように。病の苦しみにたった一人で耐えてきたことを勝利とは確信できないように。
　違う！　おまえは戦って来たんだろ！　だったら胸を張れ！
　俺は無力だった。今まで命を弄んできた俺が、死につつある少女を前にしてなに一つできることがない。
　いや、俺にできることが一つだけあった。少女が死んでゆく意味を、人殺しの俺が与えてやるとしたら——。
「おまえは病で一人死ぬんじゃねえ！　俺に殺されるんだ！」
——その言葉は、ただの空言で。
　手を伸ばしてもつかむことのできない空のような言葉だった。
　それでも俺は少女の胸に長刀を突き立てる。
　少女は初めて、
「あり、がとう……」
　と言葉を発して死んでいった。
「ふざけるな」
　こんな満ち足りた笑顔が見たかったんじゃねえ。クズの俺に殺されてクズ以下になった自分の結末に悲嘆する顔が見たかったんだ。そんな風に笑うんじゃねえ。
　雨が降り始める。
　大きな雨粒が勢いよく地面を叩く。雨の冷たさも、俺の中で暴れる激情を冷ましてはくれなかった。毛髪のない頭を水滴が滑り、頬骨を伝う。
　空が泣いている。
　こんな結末、俺は望んじゃいなかった。
　無性に笑えてくる。
「うひゃひゃひゃひゃ！」
　俺はけたけたと歯を鳴らす。
　そして少女の皮を剥ぎ、身にまとうと、人里へと下りて行った。

　　　　　　　と、言葉を切って返答を待った。

　　　　　　　ため息をつくと、ひょいと思い出したように懐から小袋を取り出した。