シュガー達は天蓋庭園跡地への進行の準備のためにドラゴンマウンテンから王城へ戻ってきた。ドラゴンマウンテンから眺められた天蓋庭園跡地に立ち上る炎の柱と新規エンブリオの出現停止は、何やらメルンテーゼの世界の終焉を意味しているようにシュガーとアニマには思え、事の真相を確かめるべく急ぎ山を下って来たのである。

シュガー達が城門前にさしかかると、城門前の掲示板には一揆衆によるちょっとした人だかりができており、掲示板の前で彼らは少々興奮した様子で語り合っていた。シュガーは何事かと人だかりの間をくぐり抜けて掲示板の前にたどりつく。そこには触れ書きがあり、以下のように書かれていた。

シュガーは思わずぐむーとうなり声をあげてしまう。

メルンテーゼの世界が滅亡するかも！？と気負っていたシュガーとアニマではあったが、その預かり知らぬ所で世界滅亡の危機はあっさり回避されていた。シュガーにとっては少々肩すかしであり、同時に安堵を覚えてもいた。王城はエンブリオが徘徊する魔窟と化しているとはいえ、戦火は街の市民には及んではおらず、城の官吏は疎開して無傷、人的な被害が少なかった点は今回の一揆の褒められる点である。これ以上の災禍なく一揆が終息するのならばそれでよいのだ。

シュガーは、「ただし」と続いている触れ書きの子細を読み進めると、王城の統制を失ったエンブリオが市中で狼藉を働く恐れが残っており、魔神様が再臨されるまでの間は、新王に支配されたエンブリオは暴れるままなのだろうということで、一揆衆は引き続き敵勢のエンブリオとの戦闘を継続されたし、とのことであった。この先、一揆衆は街へと凱旋し、そうして今回の一揆は終着を迎えるのだろうが、一揆衆の仕事はまだ少しだけ残っているようだ。

魔神様に会えないの？とアニマの表情に陰りが浮かんでいたが、それでもアニマは微笑んでもいた。平和が一番だとアニマにも分かってるのだ。ただ、一揆の終焉はアニマにとっては、シュガーと平家の怨霊との別れを意味する。アニマが寂しげな表情をするのもやむなしといったところである。

その後、シュガー達は城内に徘徊するエンブリオを掃討し、その日の宿を王城内の個室に求めることにした。すでに王城は一揆衆の勢力下にあり、王城の空き部屋は一揆衆が管理する所となっている。シュガー達は王城の入り口付近に設けられたカウンターのお姉さんに宿泊希望である旨を申し入れると、三階廊下付近の個室をとることができた。お姉さんの話によると、城内のエンブリオ掃討を果たした一揆衆は無料で宿泊できるという。

シュガー達にとっては何度も寝泊まりした王城ではあったが、部屋はきれいに掃除され、ベッドもシーツが交換されていて清潔である。しかも、バスもトイレも整備されて利用可能であり、お湯まででるほど。

ルリアンナ嬢ならそのくらいやりかねない、と、シュガーは思えた。とはいえ、お湯が出るのはありがたい。シュガーは夕食前に一風呂あびる事にする。シャワーでドラゴンマウンテンからの山旅の汗を洗い流し、湯船にお湯をはってどぼんと浸かる。温かい湯が冷えて疲れた筋肉や骨をときほぐすよう。まさに至福の一時である。

入浴時には怨霊達も空気を読んで話しかけたりはしない。久方ぶりの無音の空間でシュガーは骨を休めていると、しかし、空気を読まないアニマの声が聞こえてきた。

ちょっと待て、と、シュガーは慌てて風呂から上がる。護衛もつけずに主上が城内をぶらつかれるのは、色々とまずい。シュガーはすぐに風呂を出て濡れた身体をふき、服を着てアニマと安徳帝の霊を追いかけた。幸い安徳帝のおつきの女房の手招きにより、シュガーはすぐにアニマと安徳帝の霊を見つけることができた。２人は夕暮れ時の王城の屋上のテラスの石造りのてすりの上を歩いていた。少しばかり肌寒いものの、澄み渡る青空の下、テラスの通路を歩くのは気持ちのよいものである。シュガーも２人についてテラスの通路を散歩することにした。

テラスの一角は王城の城構えと山並みを見渡せるビューポイントであり、テーブルが並べられ、わいわいがやがやと一揆衆がコーヒーやビールを楽しんでいた。売店があり、軽食も供されているようだった。

アニマと安徳帝の霊は知り合いでも見つけたのか、テラスの一角のとあるテーブルに吸い寄せられるように進んでいった。シュガーも２人の後を追いかける。そこにはトロイアの英霊を恃召還する謎のシスターは四人用のテーブルに１人座り、誰かと会話をしているようだった。

２つの空席にはコーヒーが用意されて湯気を立てているものの、その有様は１人で空しく虚空に話しかける挙動不審なシスター服の人なのだが、隠世の有様を見通すシュガーの目にはさにあらずであった。空席にはトロイアの老王プリアモスとその妻ヘカベが座っており、シスターと何事かの言葉を交わしていたのであり、老王と王妃はアニマと安徳帝の霊を見て顔をほころばせていた。安徳帝の霊とアニマと老夫婦は縁あってこのテラスで出会い、以来友達になっていたのだ。

安徳帝の霊は空席に座り、アニマはどうしようかな？と辺りを見渡していると、シスターと目があう。シスターの虚ろな瞳とアニマの渦を描く瞳はしばし見つめ合い、シスターは「なるほど」と呟いて席を立つ。

そう言ってシスターは恭しく席をアニマに譲り、立ったまま安徳帝の霊に付き従うシュガーの隣に同じように立つ。

プリアモス王とヘカベ様にはごゆるりとお２人（安徳帝の霊とアニマ）との会話を楽しんでいただきたいですからね、とシスターは続けた。テーブルにはアニマが空席に向かって話しかけ、それを虚ろな瞳の２人の大人が温かく見守る様子は、一見して意味不明な図であるが、一揆衆にとってもシュガーが死霊と縁のある者だということは了解ずみであり、誰もきにしない。

シスターシリカは感慨深そうに言葉を続けた。ああ、確かに、と、シュガーも思う。このメルンテーゼという異界で、平家の怨霊とトロイアの英霊が互いに談笑をすることができるとは、何かの導きがあるように感じられる、と。その縁の発端のとなったアニマには何だか特別な力があるのかもしれない。

二の句が告げないシュガーの耳元に、今日も今日とて冥府よりの声が届いた。春の足音を告げる嵐のようなパワふりゃな声であった。

シュガーはその魔眼をこらしてアニマの周囲の因果の流れを観察する。より深く、より遠くまで連なる因果の線を追って行く。ただ、当のアニマ本人は何の自覚もない様子で、友達の安徳帝の霊、老王プリアモスの霊、王妃ヘカベの霊との楽しい会話に夢中と行ったようであった。

なるほどなるほどーと頷きながら説明を聞いて

そういうと姿勢を正して。

シュガーは怨霊と会話をしているようです