怨霊合戦あるいは死者の戦争、その２、二階廊下での屋島合戦（前）

王城２階廊下を３人の一揆参戦者が縦列にて進行していた。シュガーとアイリス、そして、自律稼働の自走砲である「れんたろう」であった。シュガーたちは３階への廊下を守護するマルクスとその僕であるメイドの一隊と交戦するために、かつての突貫で共闘したれんたろうに加勢を依頼したのである。

廊下の左右には扉が、床には白黒のタイルが長く長く続いていたが、幽界を眺めやることのできるシュガーの魔眼には、雨雲の低く垂れ込めた藍色の海峡とその岸のなだらかな丘陵地帯の風景が重なって映っていた。その風景は、恐らく、例の謎のシスターによる霊的な結界であり、シスターが召還するトロイアの英霊達に関連する光景なのだろう。シュガーが平家の怨霊を付き従えて2階廊下を進むことで自然とシスターの幽界に引き入れられてしまったのであろう。幽界においては雲にハデスサインが表示されており、その結界内が「怨霊合戦、あるいは、死者の戦争」の状態となっていることが示されていた。

現実の世界ではシュガーはパーティメンバーと共に廊下を進み、幽界内では平家の怨霊の船団が海峡の進む。雨と風が吹き付けて海は波が立ち、平家の軍船はぎしぎしと揺れながらも進む。ほどなくして、現実の世界でもシュガー達はサバス先生と合流し、そしてついにマルクスとその配下のメイドの一隊と会敵した。幽界においては、海峡の対岸に城壁高き城塞都市が姿を現した。在りし日のトロイアである。

一揆衆と王城の守護者達は互いに道を譲らず睨み合う。サバス先生とマルクスは旧知の仲らしく、美意識について互いに意見を異にしているようであった（戦場にメイド達を連れ出すマルクスに対してはシュガーもげんなりである）。メイド達から少し距離をおいて謎のシスターが立っており、マルクスとシュガー達の睨み合いを涼しい顔で眺めている。幽界においても海岸線にはトロイアの軍兵が平家の怨霊の上陸を阻んで待ち構えており、その陣地の中央に謎のシスターがシュガーと平家の怨霊達を無言で眺めているのだ。

現実世界では、サバス先生が歩行雑草の大群を召還することを合図に、マルクスとシュガー達とマルクスとの間で戦闘の火ぶたが切って落とされた。戦局の展開は速やかであり、シュガーとアイリスの息のあった連携により王城側のメイド長を打撃で打ち据えて戦闘不能とし、れんたろうが「加速装置」を発動させてからは、シュガーの闇の波動とアイリスの水の波状攻撃がメイド部隊を一掃してしまう。残ったマルクスにアイリスが次々に拳の打撃を加え、打ち臥したマルクスからの溢れ出た「泥」をパーティの一同身を低くして耐えきると、戦闘は一揆側の勝利として終了した。

現実世界では戦闘が終了し、サバス先生が謎めいた言葉を残して立ち去っていった。マルクスの後方に控えていた謎のシスターは、しかし、３人の一揆衆を前にして悠然とした態度を崩しておらず、相も変わらず涼しい様子でこちらを眺めていた。マルクス戦でエンブリオを消尽した一揆衆の相手は、いまだに魔力を残している、シスターならば不可能ではないのだろう。

現実と幽界は相相関する。シスターの余裕は幽界でのトロイア側の優勢として現れていた。平家側の怨霊の軍船は上陸しようにも海岸線に待ち構えているトロイアの大軍に上陸を阻まれて叶わない。上陸ポイントを探ろうと小船団を派遣するも、トロイアの戦車部隊に先回りをされてしまう。船上から矢を射かけてトロイア勢を攻撃すると、トロイア勢は盾で防御しつつ平家側の弓の射程外へと逃れてしまう。

業を煮やしたシュガーはトロイア側に魔術攻撃を行うこととした。シュガーは軍船の船頭に立って瞑目し、印を結んで術式を履行すると、雨雲にぱりぱりと稲光が走り、シュガーの気合いの声を合図に落雷の爆音が轟渡った。怨霊の災禍の落雷である。

爆音が海の彼方まで響き渡り、シュガーが陸上のトロイアの陣容を伺うと、天をさすシスターの指が払うように解かれていく姿が見えた。避雷の魔術である。トロイア側に損害は皆無のようであり、シュガーの落雷はシスターによって完全に防御されてしまったようである。平家側の軍船は空しく洋上を漂うばかりであった。

トロイアの城塞を彼方に見やり、風雨の中、シュガーと平家の怨霊が船上の軍議を執り行うも、妙案と呼べるものはなかなか出てこない。出てくるのは現状を現す悲観的な言葉ばかりであった。

シュガーが屋島と口にするだけで居並ぶ怨霊たちにはその意図が伝わったようだった。平家の怨霊達からおおぉと感嘆とも呻きともとれる声が漏れ出てきて、平家の鎧武者達の周囲には彼らの意気を示すかのごとき禍々しい鬼火が立ち登る。平家側の総大将である知盛が諸将に下知を下すと、諸将は自らの任務に向かって散開した。

トロイア勢いと謎のシスターは陸上で海上の平家の船団を観察していたが、数隻の船が船団から離れ、浜へと近づいてくる姿が見えた。トロイア側が何事かと様子を伺っていると、そのうちの一艘の小舟が船の舷を浜に向け、白と青の衣に紅の袴を着た歳若い美しい女房が、紅地に金の日輪が描かれた扇を竿の先に挟んで立てかけ、陸上のトロイア勢に向かってひらひら手招きを始めた。

トロイア側の総大将であるヘクトールの霊は副官であるプリュダマスの霊に「あれはどういうことであろうか？」聞くと、よくぞ聞いてくれたとプリュダマスの霊は答える。

プリュダマスの落ち着き払った態度に、ヘクトールの霊も尤もなことだ、と一度は頷いたが、何か物足りなかったのか、さらには参謀然と控えていた謎のシスターにも同様の問を行った。謎のシスターは静かに頷き落ち着いた様子で答えた。

決断は総大将であるヘクトールの霊に委ねられることになった。

ただし、と、ヘクトールの霊は言葉を続けた。プリュダマスが言うように射手が逆に狙撃される恐れがあり、アーチャーとディフェンダーの２人１組で事にあたるべし、と。ディフェンダーにはトロイア王家でも並ぶ者のない剛を誇るデーイポボスが担当することになり、アーチャーは誰が言うでもなく「パリスで決まりだろう」ということとなった。ヘクトールの霊に呼ばれたパリスは背中に矢筒を背負い複合弓を携えて皆の前に現れた。

ヘクトールの霊が「パリスよ、あの扇を射落として、平家共にそなたの弓の腕前をみせてやれ」と命ずると、パリスは波間に揺れる扇をみやって顔を曇らせた。

雨は止み、西からの日の光が雲を橙色に染め、波間の水面をきらきらと輝かせていた。盾を構えたデーイボポスと弓を携えたパリスの霊は共に扇までの距離を測るべく波打ち際へと歩み寄る。風が吹いて沖にも白波がたち、西日に照らされた雲が流れて行く。小舟の美女がパリスに手招きし、平家の軍船の怨霊もトロイアの将兵達も、パリスの一挙手一投足を見守っていた。シスターはトロイア側の本陣で指で星を描き、そして、シュガーは小舟の矢立の影でシスターの様子を伺っていた。

現実世界の2階大廊下でも、両者は、胡乱な瞳で睨み合って動かない…

シュガーは怨霊と会話をしているようです

シュガーは怨霊と会話をしているようです…