一揆３７日目の日記　怨霊合戦/死者たちの戦争（下）

３人の男女が乗った自走砲と航空機動兵器からなる一揆の小隊が大廊下を進行する。シュガーは突貫の援軍を連れて、大廊下の橋頭堡まで戻ってきたのだ。大廊下を進む一揆の小隊は大廊下の守護者たるフロラとダイゴによって阻まれ、その進行を止めた。自走砲を飛びおりたシュガーの瞳に、白い大理石の身体を持つ青年と、紅のドレスを着た少女、そして、虚ろな瞳のシスターが、大廊下の赤い絨毯の上に立っている姿が見える。

現世と幽界の両方を見る事ができるシュガーの目には、シュガーの残した呪術的な橋頭堡は無傷であり、幽界の戦場で平家の怨霊がトロイアの大軍に包囲されている光景が映っていた。

シュガーはいつになく決意めいた言葉を口にする。気を引き締めて、さらに注意深く、大廊下に、幽界の戦場にと、重なりあった２つの世界を観察する。大廊下の天井に、幽界の空に、彗星が絡まったのような文字が浮かんでいた。シュガーの耳に冥府からの静謐な声が届く。

ハデス・サインとは、冥府関係者と冥府とが通信を行う際に天（井）に現れる発光現象である。ハデスサインが伝えるところによると、シュガーの怨霊たちがトロイアの亡霊たちと交戦状態にあり、エピック・クロスオーバー状態にあることが示されていた。これは異なる世界観を背景としてもつ英霊/亡霊たちが共通のプロトコル下で互いに干渉しあうことを意味している。

シュガーは印を組んで術式を履行し、エピックロスオーバーの承諾を行う。これによりシスターのトロイア勢とシュガーの平家の怨霊の合戦は冥府管轄下の正式なものとなった。シュガーは印を結んで瞑目し、シスターに一礼すると声高く宣言する。対してシスターも恭しく頭をたれて返礼し、同様の宣言でもって応える。

敵同士の２人が丁寧な挨拶を交わしあう。その様を眺めるアニマは怪訝な様子で首を傾げた。いつものシュガーさんなら先手必勝で攻撃しそうなものなのに。そんなアニマに冥府からの声が届いた。

さらにシュガーとシスターは言葉を続けた。

アニマが人知れず冥府業界のレクチャーを受けている間に、宣誓を終えたシュガーとシスターが互いに構えをとり、一揆衆と王城の守護者たちのとの戦闘が開始された。ダイゴとフロラが一揆衆に立ちふさがり、自走砲に航空機動兵器、アイリス、そしてヒーラーのアルトさんがそれを突破しようと睨み合う。

一揆衆５人（？）に対して王城側はフロラとダイゴの２人、エンブリオを保持していないシスターを入れたとしても３人であり、一揆衆側が圧倒的に有利な状況であった。エンブリオを介さないシスターの攻撃はエンブリオを保持する一揆衆には通りが悪く、一揆衆の攻撃はエンブリオによるガードができないシスターに直撃してしまう。

しかも、フロラとダイゴの能力や戦術は一揆衆に広く知れ渡ってしまった今となっては、最早、彼らはシュガー達の敵ではなかった。シュガーが両手を掲げるように構えると、波のごとき影がフロラに襲いかかり、フロラのシールドをはぎ取ってしまう。アイリスがフロラとの間合いを詰め、肘うちの一閃でフロラを気絶させてしまった。そして、航空機動兵器のペガサスが魅了の効果を持つ魔弾をダイゴに雨のごとく打ち込むと、ダイゴは動きを止めてしまった。

そして、アルトさんが魔力集積を術式を起動すると、自走砲のれんたろうが展開したドレイクを介した加速術「ブルーゲイル」がそれを加速する。１階大廊下に魔力が渦を巻いて集まり始め、朦朧とするダイゴにはもはやなす術もないといった有様であった。

シスターは虚ろな瞳で天井の魔力の渦を見上げていた。その魔力の渦は極めて高濃度ゆえに現世の可視光線にも影響を及ぼしたのか、その有り様は王城の兵士にも目視可能なほどであった。シスターはシュガーをちらと一瞥して指でスターを描き、何事かの術式を発動させたようであったが、気絶したフロラは赤絨毯の上に倒れ臥し、ダイゴも魅了されて身動きがとれず、シュガーにはその動きが戦局に影響を与えるようには思えなかった。

シュガーも静かに息を吐いて精神統一を図り、両掌を胸元に合わせて術式を構成する。術式は集積した魔力をシュガーの呪術的な橋頭堡に注ぎ込み、その膨大な魔力はシュガーを介して幽界の戦場にも影響を及ぼしていた。トロイア勢と平家がぶつかりう草原の戦場になまあ温かい風が吹く。

トロイア勢の陣地で督戦としていたシスターは風向きが変わったことに気が付き、その風上の様子を伺うと、南方に海岸線が現れている光景を目の当たりにして声を失った。

そして、シスターは陽の光によってキラキラと輝くその海上に赤旗はためく多数の船団を見つける。船は唐船と呼ばれる中国風の大型船であり、唐船の甲板には知盛の霊を始めとする平家の将兵が控えており、その舳先にはシュガーレス・ショーガが腕組みのままに立っている。シスター船団を観察するに、その姿は徐々にであるが大きくなってきており、しかも、徐々にであるがその波打ち際が北上をしているように見えた。

そう言い残し、シスターはフードを目深に被ってトロイアの将兵の中へと消えていく。ヘクトールは頷いて全軍に号令を下すと、トロイア側は平家側主力への包囲を解き、北方の山地へと移動し始める。海の水が寄せ来る波となって草原の草を浸していく。事ここに至り戦況は一変し、教経らの平家の騎馬隊が平家主力の救援に駆けつけ、撤退していくトロイア勢にさかんに矢を射かける。

一方、現世の大廊下でも、一揆衆と王城側との戦闘は継続していた。とはいえ、一揆衆側の優勢は揺るぎようもなく、アイリスや航空機動兵器に守られたアルトさんが順調に魔力の集積を続けていた。巨大な魔力の渦は中心部から余剰魔力がジェットのごとく噴出し始めるに至る。ダイゴとシスターら王城側にはもはやなす術もなく、ついにアルトさんは領掌を掲げて重ね合わせて腰だめのごとき姿勢をとり、集積した魔力の放出体勢に入った。シュガーにも心なしかその表情はきりりと男前に見える。

ペガサスの魔弾によって魅了されたダイゴは胡乱な有様で立ち尽くし、あまりの魔力の濃度にか、シュガーにはその姿が陽炎のように揺らめいて見える。その姿はアルトさんの魔力放出を前にしてまさに風前の灯火である。

渦を巻く魔力の奔流をただ見上げるだけの時間が過ぎていったが、アニマが怪訝な様子でシュガーに耳打ちした。何がおかしいのか？シュガーがアニマにささやくと、アニマは「あのお嬢さんの姿が見えないけど？」と応える。シュガーが廊下を見渡すと、床の上に伏せていたフロラの姿が見当たらない。しかも、よくよく見るとシスターの姿も見えない。シュガーはハッとなって印を結びダイゴに走査術式をしかけると、その姿が陽炎のように揺らめく…いや、陽炎そのものであった。ダイゴの実体はすでにそこにはなかったのだ。

喝！

シュガーが裂帛のごとき気合いを発すると、ダイゴの姿は煙のように揺らめいて消えていく。それは魔術で形作られた幻影であった。一揆側は、え？ とあっけにとられ、シュガーが走って辺りを捜索したところ、王城側はすでに大廊下の戦場から逃げ出していることが明らかとなった。恐らくシスターはすでにダイゴとフロラを連れて戦線を離脱したと見られる。

シュガーはうぅむと唸ってしまう。シスターの魔力の槍は確かにエンブリオに守られた一揆衆には通らないが、身代わりの幻を作って一揆衆の目をごまかすことはできるのだ。情勢を冷静に観察した上で的確な対策を講じられるシスターの戦上手ぶりに、シュガーも舌を巻いてしまう。幻影に騙されたと知った一揆衆は落胆し、地団駄を踏むも、最早、後の祭りというやつだった。アルトさんは気が抜けてしまったのか、集積された魔力の渦は徐々に散逸していき、散逸する際の魔力の発光現象によって、その様はまるで渦を巻く緑色のオーロラのごとしである。ため息をつきながら緑のオーロラを見上げるシュガーの耳元に、静謐な冥府からの声が届く。

ため息をつきながら、しかし、シュガーは笑みを浮かべた。幽界の戦場はすでに海に覆われ、平家の将兵達は船上へと退避しており、安徳帝の霊が戦いで傷ついた平家の将兵を労っている姿が見える。平家側はトロイア側との戦闘において多くの将兵が冥府へと突き返され、その損害は少なくないとはいえ、橋頭堡防衛戦の大将の重衝は健在であり、維盛を始めとする小松家の男子もまた戦線を離脱していない。二位尼の霊は重衝をかき抱いて感涙の涙を流し、小松家の兄弟たちは肩を抱いて喜びあっていた。フロラとダイゴを取り逃がした事で落胆する一揆衆を眺めていたアニマは「シュガーさん、私たちって負けちゃったの？」と呟くも、シュガーは笑みを以て応えた。

突貫戦の敗北の苦みと、平家の怨霊を慰撫できたという喜び、そして、魔力集積の術式への手応えが、シュガーの胸を満たしていた。全てに満足の行く結果を得たわけではないが、全力を尽くしたという達成感は残っていた。だから敗北ではない。こうしてシュガーの突貫の連戦による忙しい日々が終わり、そして、シュガーは予感する。一揆はこれより終局に向けて加速し、その戦いは、苛烈を極め、混沌の度合いを加速していくだろう、と。しかし、シュガーの覚悟は定まっていた。この先己が何をなすべきなのかも分かっていた。だから、現世と幽界の悲喜こもごもの有様を、シュガーは爽やかな心持ちで見つめていられたのだ。

シュガーは怨霊と会話をしているようです

シュガーは怨霊と会話をしているようです…