シュガーたち一行は森林地帯へハイキングにやってきた。安徳帝の霊がハイキングに出かけたいと強く主張するので、シュガーは大廊下の進行を一時中断して森林にやってきたのである。安徳帝の霊はシュガーに助勢する平家の怨霊の頂点に位置する大霊である。怨霊拳の使い手であるシュガーにとって、その願いをむげに断るわけにもいかないのだ。

それに、と、ちらとシュガーはパーティメンバーの黒月を見やる。その黒猫の姿形は、時々陽炎のように揺らめき半透明となる。最近の黒月はここのところ言葉を話す事がなくなっており、まるで普通の猫のごとしである。一揆の参戦者としてこの世界に顕現した黒月であったが、何かしらの事情で、この世界での存在に揺らぎが生じているということであった。もう１人のパーティメンバーであるアイリスも覇気がない。パーティの戦力的にも大廊下進行を進めてもあまり意味がない状況であり、シュガーは森林への出かけることにした。。

実際に森に来てみると、その日は天気もよく、背の高い木々の間に通る小道を歩くのはシュガーにしても気分のよいものであった。ランチボックスと水筒の入ったリュックサックを背負い、アニマや安徳帝の霊の歓声を聞きながら森の中の小道を歩く。安徳帝の霊とアニマは図鑑を片手に、あの花はなんだあの鳥の声はなんじゃと騒がしく、シュガーにしても行楽気分がこの上なく高まっていた（この男は一揆中の参戦者です）。

シュガーが双眼鏡で木々の間を探ってみると、首元から腹にかけて黄色な鳥が枝で羽根を休めていた。安徳帝の霊とアニマがシュガーの肩口から双眼鏡を覗き込み、双方の耳元であーだこーだと騒がしい。苦笑してシュガーは木々の葉を見上げてみる。枝の葉の先に青空には白い雲がゆっくりと流れており、シュガーの日々の疲れを消し去ってくれるようだった。

昼前にシュガーたちの前に敵勢のエンブリオが現れた。エンブリオに敗れてしまえばハイキングどころではない。出現したのはサテュロス他2体であり、シュガーたちは事前に立案した速攻戦術により早々にエンブリオを退けてしまう。苦戦なくエンブリオ戦を終えたシュガーたちはほぅと安堵し、森の中の草原を見つけてランチにすることにした。

ランチタイムはハイキングにおける格別の楽しみである。シュガーはランチボックスからおにぎりを取り出す。ソーマで炊いたごはんで握ったエンブリオ用の特製おにぎりである。定番の海苔のおにぎりから、ふりかけをまぶしたもの、ハムを巻いたもの、などなど、バリエーションもそれなりで、シュガーのちょっとした自信作である。シュガーがアニマにおにぎりを手渡すと、アニマはえへへとはにかんだ様子で受け取る。アニマはぱくりとかぶりつき、もぐもぐ飲み込むと何かに驚いたような様子であった。

シュガーにしてみれば朝早く起きて準備をした甲斐があったというものだ。むしゃむしゃ夢中でおにぎりを食べるアニマに「むせるぞ」とシュガーは水筒のお茶を手渡してやる。くぴくぴとお茶を飲み干してアニマはまたびっくりな様子だった。

森の中でそれなりに動き回ったのだ。何を食べても飲んでもおいしいだろう。

安徳帝の霊はというとこちらも食事はおにぎりである。ただし、そのおにぎりは祖母の二位尼がにぎったものであった。冥府の者共は冥界の食物を食べるのが習いなのである。安徳帝の霊は、好物の小イワシの醤油麹煮をおかずに、もぐもぐおいしそうにおにぎりを食べていた。その様子を眺める二位尼もまたシュガー同様に嬉しそうな様子だ。シュガーと二位尼の視線がふと重なると、二位尼はふと笑みを返す。食べっぷりのよい孫というものは、おばあちゃんにとっては喜ばしいもののようだ。シュガーはふと言葉をもらしてしまう。

その言葉にアニマはぴくりと反応する。アニマは「ワタシは大きくなるの？」と首を傾げた。浮き世の理にうとく他の同族の知り合いを持たないアニマにとって、己が成長するということはなかなか理解できないことなのかもしれなかった。シュガーはうむと頷き、神話上の神々も長じて成長している、その果てに老いと死があるかどうかは分からないが、アニマもきっと成長するだろうと、述べた。シュガーの言葉を神妙な様子で聞いていたアニマは、今度は視線を安徳帝の霊へずらした。

アニマの声には何かを期待する含みがあった。しかし、アニマの問いに安徳帝の霊は首をふって応じた。アニマはシュガーに請うような視線を向けるも、シュガーも同じく首をふる。死者は成長しないものである。安徳帝の霊は900年前からその姿形は8歳（数え）のままなのだ。アニマは口をつむぎ、手元の卵焼きをじっと見つめてしまう。

シュガーと安徳帝の霊は顔を見合わせる。いつもテキトーなアニマにしては奇特なことだ。安徳帝の霊はこほんと咳払いをして、とりなすように言葉を続けた。

アニマの疑問ももっともな話である。だが、安徳帝の霊はふふふと笑みをたたえ、自信たっぷりに言いきるのであった。

じゃよー！じゃよー！と、シュガーには声が森の中に木霊したように聞こえたがそれはきのせいである。唖然とするアニマをよそに、安徳帝の霊は説明を続けた。安徳帝は壇ノ浦の戦いで入水してなくなったというのが歴史的な定説ではある。しかし、悲劇的な結末を迎えた人物につきものであるが、死んだのは身代わりで、実は安徳帝は生き延びていた、という生存説もまた、語られてきたのである。安徳帝が逃げ延びたと伝えられる土地は西日本を中心に２０数箇所も存在し、なんと青森県にも安徳帝がたどりついたという伝説が残っているのだ。それもまた怨霊の１つの形であると言えよう。なので、と、安徳帝の霊は続けた。シュガーに落ち延びた後の己を呼び出してもらえれば、大人になった姿で地上に立ち現れることも不可能ではないのだ。

怨霊のあまりのフリーダムっぷりにアニマはへーと感嘆のため息をもらした。安徳帝の霊は、「それでは他の平家の怨霊とは並立できんからな、大人になるのはエンディングの後じゃ」などと１人で呟いたあと、ともかく！と続けた。

アニマは安心したのか食事を再開する。シュガーはアニマの様子を眺めて思う。アニマも友達とは一緒に歩いて行きたいのだ。友人に対してあまりに先んじたり、後ろに置いていかれるのは、アニマにとってあまり喜ばしくないのだろう。シュガーの脳内にふと淡く輝く霧のようなものがよぎったかと思うと、今日も今日とて冥府から声が届いた。静かな、穏やかな声であった。

シュガーの言葉に冥府は答えなかった。死霊である怨霊には原理的に成長も進むべき未来もない。それが道理である。しかし、シュガーも自らの問いに、ない、とは答えない。シュガーは草原の彼方をみつめた。アイリスの昼寝時の寝息が聞こえてくる。己にも未来があるのだろうか？　胸中に問いかけが、木霊していた。

シュガーは怨霊と会話をしているようです

シュガーは怨霊と会話をしているようです…

　　　　　　メタセコイアは見守っていた、愚かな地球と君の最期を。