砂地へ進行したシュガーたちであったが、手強い敵が待ち構えていた。砂塵舞う嵐がやってきたと思うと、狼男、ミイラ、１つ目のモンスター、といった怪物達がシュガーたちに襲いかかってきたのだ。応戦するシュガーたちであったが、怪物達を打ち倒す度に、倍返しの呪いがシュガーたちに絡み付き、刺すような痛みが胸に走った。

さらには、打ち倒したと思った怪物達でいつのまにやら復活して立ち上がってくる。攻め込めば攻め込むほどこちらがダメージを受ける。地雷原に迷い込んだような気分であった。シュガーたちはやむなく撤退し、砂地のオアシスに逃げ込んで対策を練る事になった。食事をすませ作戦会議で対策を討議するも、次の戦闘の勝率は五分といったところで、パーティの重苦しい雰囲気は晴れなかった。その後、身体を休めるべく、それぞれのテントに別れて就寝した。

その夜のこと…シュガーがテントでぐうぐう眠っていると名前を呼ぶ声がした。

シュガーよ…
　シュガーよ…
　　ちょっと出て参れ…
　　　…出て我らの訴えを聞いておくれ…

シュガーには聞き覚えのある声であった。シュガーは寝袋を脱ぎ捨ててテントから這い出ると、寝ぼけ眼のままふらふら声のするほうに歩いていく。澄んだ空にはまんまるなお月様が雲間を渡っていた。

テントの外で月を眺めていたアニマがシュガーを呼び止める。

アニマがシュガーを問いつめるも、寝ぼけ眼なシュガーは生返事を返すばかりであった。

ぶつくさ言いながらも、アニマはシュガーの荷物を抱えて後に続く。エンブリオはどこまでも契約者についていくものらしい。シュガーはふらふらとオアシスの水場まで歩くと立ち止まる。急な停止だったので、アニマがぼふんとシュガーの背中にぶつかってしまう。

朧月、ざわざわと風がふき、水面がきらきらゆらめく。シュガーはすうと息を吸ってから印を組み、何事かのまじないを唱えた。あの世とこの世を結ぶ怨霊召還の術式である。風ははたと止まって水面は鏡のごとくなり、何者かの一団が水面の上を音もなく歩み寄ってくる。狩衣の男たちに女御衣装の女人が続く。いつもの平家の怨霊たちである。

ぼちぼち目も覚めたシュガーは怨霊たちを先導するように歩き出し、アニマはちょこちょこと付いて回り、シュガーはどっかと腰を下ろした。平家の怨霊達はするりと二手に分かれてシュガーの左右に列して座りこむ。

シュガーの眼前の首座には平家の怨霊の総帥である平宗盛の霊が座す。さらにその背後には御簾のようなものが表れ、辺りは何やら厳かな雰囲気に包まれる。シュガーは神妙な面持ちで、アニマはわくわくした面持ちで何事かが始まるのを待っていると、御簾の奥から声がした。

居並ぶ怨霊達は風に吹かれた葉がこすれような声で、あるいは、紙が破けるかのような声で、先の敗戦についてシュガーの責め立て、非難を言い募った。曰く、シュガーは冥府から怨霊召還の免許を授かったアンデットの専門家である。しかるに先の砂地ではミイラ男ごときに遅れをとってしまった。まことになげかわしい、とのことである。

当のシュガーはというと、怨霊のご意見ごもっともであると、彼らの非難の声に頷いていた。シュガーにしても、事前に敵モンスターに道連の呪い持ちであることが分かっていれば、もっと別の戦い方があったと思われていたのだ。事前の敵勢の把握にミスがあったことは認めざるをえないのである。

対してアニマは基本的に空気を読まない。アニマはもとより空気のようなものであり、アニマはそのようなものとしてメルンテーゼの世界の中で過ごしてきたのだ。空気は人の声など気にしない。なのでいつものように気の向くままに、アニマは居並ぶ怨霊達を見渡してのんきに歩き回る。キョロキョロと誰かを探して歩き回り、怪訝な様子でアニマを見つめる宗盛の脇をトコトコ通り抜け、御簾の中へわしゃあと入り込んだ。

平家の怨霊達がざわざわとどよめき、二位尼は非難の視線をシュガーへと向けた。シュガーはこりゃヤバいと思うものの、自分も御簾の中に入ってしまえば火に油だ。動くに動けない。御簾の中には平家の怨霊の頂点、安徳天皇の霊がちょこんと座っていた。アニマはにこりと微笑んだ。

安徳天皇の霊はやれやれとため息をつき、御簾の外へと飛び出した。そして、知盛や二位尼といった分別ある怨霊達の諫める声には耳をかさず、シュガーの前まで歩みでて、座ったままのシュガーを見下ろす。

シュガーは頷きパーティの会議で立案された作戦について滔々と説明した。前回の敗因は道連れの呪いと復活を考慮していなかった点である。よっと次戦では先に道連持ちの怪物から攻撃し、道連れの呪いを受けてから回復することになっていた。安徳帝の霊も、居並ぶ平家の怨霊達も、シュガーの説明に聞き入るのだった。シュガーのことを非難しはするが、平家の怨霊にしてもシュガーの敗北を望んでいるわけではないのだ。

不安点はいくつかあった。まず、こちらの回復が先手となること。道連れの呪いを連続でくらうと危ないのだ。また、その回復技は装備の都合により使い勝手のよいホーリーライトではなく、消費の大きなウェルフェアである。加えて、前衛の鎧の調達が間に合わなかったことも懸念されていた。作戦のあらましを聞き終えた平家の怨霊達に不安げなざわめきがおこる。安徳帝の霊もむむーと渋い顔だ。

アニマはふんすと胸をはる。その根拠のない自信はどこからくるのであろうか、と、シュガーも安徳帝も苦笑いであった。しかもアニマは戦闘ではギフトしかしないのだ。互いの苦笑の後、しかし、それでも、シュガーと安徳帝の霊は頷きあう。現状この作戦で戦うしかないのだ。

シュガーはつい想像してしまった。アニマは小学校でいねむりと遅刻と授業放棄の常習犯となり、なぜか担任の先生からお説教をもらう自分の姿を。ましてやビジネスマンがきびきび働くオフィスでOLとか勤まるはずがない。エンブリオが進学や就職するとは思えないが…

安徳帝の霊はそう言ってにははと笑みを浮かべる。アニマはアニマで平家の怨霊の誰それを訪れては、噛み合ない会話をして回っていた。

シュガーは荷物から古びた小さな琵琶を取り出して軽く調弦する。そしてアニマを手招きして呼び寄せた。

アニマはちらと安徳帝の霊を一瞥する。

素直な子だ、と、シュガーは頷き、べべべんと琵琶をかき鳴らす。そして、澄んだ朗々たる声で平家物語の語り弾くを始めた。


祇園精舎の鐘の声

　諸行無常の響きあり

　　沙羅双樹の花の色

　　　盛者必衰の理をあらわす

　　　　おごれる人も久しからず

　　　ただ春の世の夢のごとし

　　たけき者も遂には滅びぬ

偏に風の前の塵に同じ


平家の怨霊達も静まり返り、シュガーの声に耳を傾ける。アニマは、時々安徳帝の霊に言葉の意味を聞きながら、それでも、じっとシュガーの声に聞き入っていた。

そんな彼らの元に、今日も今日とて冥府からの声が聞こえてくるのだが、シュガーの語りに聞き入って、誰も聞いていなかった。

誰も耳にも届いていないその冥府からの声は、それでも、優しげであった。まるで、シュガーの傍らでその語りに聞き入っているかのように。

淡い月明かりの下、鬼火に囲まれたシュガーは１人琵琶をかきならす。それは参戦者たちの間で流行るちょっとした怪談の発端となるのだが、それは別の話である。

そう言って何か考え込んでいる様子のアンジェ。
・・・今は落ち着いているようだ。

どこからともなくクーパが現れ、妙な提案を持ちかける。

クーパはそう言い切り、満足げに踏ん反り返っている。
一方のアンジェは盛大なため息を吐き、冷たい目でクーパを見やる。

　※はい、言いたかっただけです。スルー推奨です。すみませんでした。

シュガーは怨霊と会話をしているようです

ハチェットのカバーを外す。硝子の青い目が揺れた。