夕暮れ時、広庭の幕営地には一揆の参戦者たちのテントが並び、一日の活動を終えた参戦者達がめいめいのやりかたで夜を迎えようとしていた。炊事の準備に忙しい者、焚き火を囲んで談笑するパーティ、武器の手入れに余念のない者、などなどである。

シュガーたちも広庭の進行ルートに戻ってきていた。シュガーも幕営地内にテントをはり、パーティメンバーとの食事もすませ、一日の進行で疲れた身体を休めている。シュガーはテントの中に寝転がり、薄暗いテントの天井を見上げていた。

今後、シュガーたちはさらに広庭の進行を行うルートを取り、城内の大廊下への入り口を守るブランチマンとの戦いに挑む予定であった。一揆の伝令たちから伝え聞くところによると、ブランチマンは元・王国騎士団の副団長であり、多くの一揆参戦者を退けた強者であるという。今後の武装計画やブランチマン戦での戦術など、考えるべきことはたくさんあった。

しかし、しかしである…さきほどから、シュガーの耳元には怨霊とエンブリオの声が入り乱れて、シュガーは静かに考えをまとめるというわけにはいかなくなってきていた。シュガーは怨霊拳の使い手として怨霊たちの声を聞くことができる。また、シュガーはメルンテーゼの一揆の参戦者でもあり、契約したエンブリオの声も聞くことができる。

一揆の戦況を心配してちょくちょく姿を現すようになった安徳帝と、シュガーのアニマとが、シュガーにおかまいなしに会話を始めてしまい、しかも、会話は微妙に噛み合っていないため、シュガーの耳元のカオスっぷりは高まる一方なのだった。

異界の精霊に興味津々で色々と質問する安徳帝であるが、聞かれるアニマからは分からないという返答ばかり。業を似やした安徳帝はくるぅりとふりかえって今度はシュガーを問い詰める。シュガーにとってはとんだとばっちりである。

シュガーは仕方なくメルンテーゼでのエンブリオについて自分の知っていることを安徳帝の霊に述べ伝える。エンブリオの生態には不明なところも多く諸説あるのだが、一般的には、エンブリオは各個体が高い個性を持つことが知られている。そして、彼らはその契約者ごとに、その性質を変えることができるのではないかとさえ言わるほどに、その生態は多様なのだ。

そして、アニマは数あるエンブリオの中でも、最も謎に包まれ、多種多様な生態を持つエンブリオなのだ。そもそも、アニマの綴りである"anima"には、「風、息、命、魂」など様々な意味がある。転じて「息をするもの（動物）」あるいは「動物霊」といった解釈もされている。

安徳帝の霊はしばし黙りこみ、シュガーの耳元は休に静かになった。シュガーにはその沈黙が安徳帝の沈思黙考のように思えていた。

嬉しそうなしみじみとした声であった。

/@安徳帝の霊@/5/ではそろそろ我は宮へ戻る。シュガー、そして、えーと…

好きに呼べばいーんだよ？

/@安徳帝の霊@/7/ぬぅ…まあよい、また来るぞ

そして安徳帝の声がシュガーの耳元から消えていった。

そう言い残してアニマも己の座へと戻っていったようだった。シュガーの耳元が急に静かになり、待ってましたと言わんばかりのタイミングで、今日も今日とて冥府からの声が届く。春の昼下がりの陽光のごとき穏やかな声であった。

ため息をつきながら、シュガーは思う。エンブリオたちが平家の怨霊の主君の話し相手となり、あの幼き帝の知見が少しでも広がるなら、怨霊拳の使い手としては嬉しい限りである。少々耳元が騒がしくても、我慢しなければならない、と。

2つの世界をつなぐ。それは、怨霊拳の使い手にとって、己の業の本質なのである。

シュガーは怨霊と会話をしているようです

ハチェットのカバーを外す。硝子の青い目が揺れた。

シュガーは怨霊と会話をしているようです…

シュガーは怨霊と会話をしています…

シュガーは怨霊と会話をしています…