シュガーは己が薄暗い部屋の中に倒れていることに気がついた。部屋からはギーシギシと音がして、微かに揺れている。ここはどこなのだろう？

何者かが己を呼ぶ声がする。シュガーは身を起こして胡座を組み、辺りを見渡す。そこは古風な船室の中であり、平家の女房たちが己を取り囲むように座っていた。自分と向かい合うは、老いた尼僧と幼い角髪の子供が座っていた。平家の怨霊の頂点に位置するおばあちゃんとそのお孫さんで、二位尼と安徳帝であった。

尼僧には凛とした気品があり、幼帝はかわいらしいが、二人は暗く憂いに満ちた表情を隠さない。シュガーはかしこまって座り直すと、幼帝は不機嫌な口調で言葉を投げかける。

幼帝はぷんすかお怒りのご様子だった。さてはてシュガーはぼんやりながら思い出す。山岳でペガサスとハーピーに奇襲をかけたのだった。その時のシュガーは平家の益荒男を総動員し、全精力を傾けて戦闘に望んだのだが、まるで歯が立たずに敗れ去ったのだ。完全敗北というやつであった。

あれからどうなったのだろうか？　

二位尼は首をふる。シュガーは己は顧みては思う。怨霊拳の継承者は怨霊を使役するが、死んでしまえば塵芥に等しく消えゆく定めであり、死後に名のある怨霊達と並ぶ立つことなどはない。どうやら自分はまだ死んではいないようだ。では、ここはどこなのだろう？

二位尼のおばばさまがそのように述べた。なるほど、平家の怨霊の中でも最も位の高い幼帝は、シュガーに直接声を伝えることはなく、シュガー自身がこの夢の世界へ来なければならなかったというわけだ。そして、どうやらここはシュガーを非難する場のようだった。取り囲む女房たちが口々にシュガーを責め立てる。

二位尼のおばばさまも、我ら平家の無念を雪ぐために、そなたら怨霊拳の使い手に力を貸してやっているというのに、その上で敗北の憂き目を味わうことになろうとは、海の底の都から出張ってきた甲斐もない、と滔々とお説教をシュガーに聞かせるのであった。

シュガーもその言葉を忸怩たる思いで聞いていた。強敵がいるであろう森と山岳の連戦を選択した自らの迂闊さは、たしかに悔いても悔やみきれぬ。

怨霊たちに見切りを付けられる。二位尼の言葉はブラフなのか本気なのか図りかねたが、それは怨霊拳の継承者として最悪の事態である。シュガーは悚然とする心を鼓舞し、夢の中とは思いつつ、不遜な作り笑いを浮かべて応える。

言い終えるとシュガーはスックと立ち上がり、次なる戦に備えて準備をせねば、と船室の出口を探る。しかし、今度は幼帝がシュガーを制止する。不機嫌な表情は一転して、何かを期待する眼差しをシュガーに向けていた。

シュガーは逡巡するも、期待のこもった眼差しを向けられて観念し、いまいちど船室に座り込む。長きに渡る停滞にて、幼帝は退屈を疎んでおり、シュガーの旅物語をお望みのようだった。シュガーが二位尼や他の女房たちを見渡すと、彼女たちもシュガーの物語を心待ちにしている様子だった。怨霊たちの長きに渡る停滞を癒すのも怨霊拳の継承者の勤めであろうと、シュガーは旅物語を語って聞かせることにした。

シュガーはまずはこの幼き帝に和やかな笑み向け、今日までのシュガーの冒険とメルンテーゼの様々な事柄を聞かせてあげた。一揆を起こした反乱軍のこと、エンブリオという謎の生命体群のこと、様々な世界から集った一揆の参戦者たちのこと、工夫をこらした王城のしかけ、王に忠誠を誓う王城の守り手たち、そして、行動を共にするパーティメンバーのことを。幼帝は眼を輝かせてその語りに聞き入る。シュガーの話が面白くてしかたがないといった様子であった。

どのくらい語って聞かせただろうか、怨霊たちはシュガーの物語に満足したのか、シュガーがふと気づくと、幼帝も老尼も女房たちも、いつのまにかいなくなっていた。誰もいない船室を抜けて甲板へと至ると、むわっとした潮風がシュガーに吹き付けてくる。そこは、黄昏時の斜陽が水面に照りかえる海上であった。波はなく穏やかな海を、赤旗を立てた平家の船団が島と島の間を悠々と進んでいる。それは平家の怨霊たちの見ていた風景なのか。

シュガーがしばし夕日を眺めていると、日は沈み、船団に明かりが灯る。明かりはだんだんと増え、緑や紫の、鬼火の群れになり、シュガーが意識を失いそうになると、利発そうな幼き声が聞こえてきた。

何もかもが曖昧になり、混沌に覆われていくように思えた。シュガーには怨霊たちが見るエンブリオも、エンブリオたちが見る怨霊たちも、それぞれの眼にどのように映るのか想像だにできなかった。

気がつくと、顔の上に真新しいオープンフィンガーグローブが置かれていた。そこは王城の庭園であり、パーティの幕営地であった。シュガーは思い出す。パーティは山岳で破れはしたものの、どうにか庭園までは撤退することに成功したのだ。パーティメンバーの黒月に新しいオープンフィンガーグローブの作製を依頼したが、シュガーがテントで寝ている間に置いて行ってくれたのだろう。

シュガーが身支度を整え、テントから這い出ると、いつものように冥府からの声が聞こえてきた。明るく朗らかな声である。

ぼやきつつシュガーは思う。一揆の厳しさは日々増して行く。この加速についていけた者だけが、王に会う事ができるのだろう、と。

ハチェットのカバーを外す。硝子の青い目が揺れた。

シュガーは怨霊と会話をしているようです…

シュガーは怨霊と会話をしているようです…

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