不快な空間だった。
　陽は差し込まず、じめじめとした湿気の中には無く血と尿が混ざっているような不快感がある。
　トキサメと名乗った粗忽な女から奪い取った鍵を持って、隠されていた地下牢への入り口を見つけたのは数日前になる。奪った鍵は意味を成さなかった。ゴード達が着いた時、既に入り口の扉は開けられていたからだ。
　どうやら味方である他の一揆勢が幾組も侵入に成功していたようだ。周囲にもそれらしき一団がいた。
　思った以上に地下牢は広い。複数の階層に分かれており、通路や牢以外の部屋の数もかなりのものだ。
　見回りの兵士をやり過ごす為に入った大きめの部屋で、彫像に紛れていたガーゴイルと遭遇し、それを合図としたのかどこからか湧いて出た淫魔やゴーレムとの乱戦に突入してしまった。
　一度目の探索はその戦いで大きく消耗してしまった事もあり、牢獄と通路の調査に終始するだけで撤退する事となった。今はそれから数日をおいての再突入である。
「こんなに檻作っちゃって、村落丸ごと投獄でもする気かって話だよな」
「牢屋自体は新王が即位する前からあったんだろ？」
　すぐ傍で仲間達が話しているはずの声を、ゴードはどこか遠くで聞いていた。
　牢獄は入り口に近い所はほとんど収監されておらず、それらしき形跡があった牢獄も先に来たらしき一揆勢によって開放されていたので、これまで囚人は一人も見ていない。正確には、見ていなかった。
「ゴード？」
　仲間が不審げに声をかけてくる。
　だが、ゴードは立ち止まったまま、少し先の牢を凝視していた。
　ほのかな蝋燭の炎に照らされた牢の中には、誰かが倒れているように見えた。
　ゴードがゆっくりとその牢へ近づいていく。誰かが臭いに顔をしかめた。いつの間にか、この辺りにはこれまでとは違う香りが立ちこめていた。
　地下牢の捜索は、これだけ広大な地下牢だと何か隠し通路や秘密があるかも知れないという事と、囚人を解放すれば一揆の手勢が増えるという点が期待された作戦だった。
　これまで囚人の姿が見えなかったので一行は完全に油断していた。
　最初は呆然としたような足取りだったゴードは、一歩ごとにしっかりと石畳を踏みしめるように我を取り戻していた。
「……やはりか」
　ぽつりと呟く彼の視線の先には、黒いシミに染められたコートを着込んだ死体が転がっていた。いつ死んだのか、何故死んだのかは解らない。既に腐り、溶け、半ば白骨化している部分もあった。だが、確かにその死体が来ているコートは、ゴードと同じ氷麦で染め上げられたコートだった。
「俺よりも前に自分を買い戻したのか、それとも脱走してさまよっている所を捕まったのか……」
　記憶にある過去の農奴仲間の数人と背丈が一致する。
「こんな位置の牢獄に繋がれてたのなら、さして重い罪を犯した訳でもないだろうが……」
　それでも、彼の元同胞はここに繋がれ、そして死んでいる。
「……また、背負う命が増えてしまったな」
　数秒の間黙祷を捧げてから振り返ったゴードは、いつもと同じ、怒りを秘めた戦士に戻っていた。

　ゴードは鎌の刃を研いでいる。

　　　　　　　背負った竹を肩越しに抜いた