父と最後に会ったのは故郷の墓地だった。痩せた頬骨を髭に隠して、彫りの深い顔立ちは薄化粧でなおさらに陰翳を強調され、肌の青白さを遠ざけていた。目の奥には火が燃えていた。彼はいつも戦いを求め、それの得られないほとんどすべての平時には、奥に潜めたその火のいたずらに燃えることを恐れるように、挙措をひそめ沈黙を守った。
母の墓石に腰掛けてパイプを弄んでいた彼に怒りらしい怒りは湧かなかった。墓石は母の在りし日を思い起こさせるひとつのきっかけではあったが、母の住処ではなく、似姿ではなく、母自身ではましてなかった。母は灰になり、土中にあった。それさえもどこまで母と呼べるのかは……。
父と私は世間ならしの宗教性や神秘性、崇高さや不可侵性を自らの従うべき準拠として見なせず、懐疑し、反撥し、時には踏みにじった。そういうところがよく似ていた。


　　」「……あなたきっと、あなたのお母さんに似ているんだな」


（私は母さんに似ているのじゃないんだよ、カミユ）

（私は母さんをまねているだけ）

（私は本来どうしたって、嫌気のする、あの親父に似ているんだ）



冬だった。父と私は互いに近寄らず、それでもそれなりに長い話をした。父は墓石に腰掛けて、私はマロニエに寄りかかって。本のこと、革命のこと、政治のこと、酒のこと、銃のこと、音楽のこと……十何年ぶりかの再開にも私たちはお互いの抱えた戦いのほかに語るものを持たなかった。互いに父と娘として過ごした頃のことは、それらのもうずたずたになってしまった後では振り返るのにひどく苦しい思い出だった。父の言葉の端々には重苦しい疲労が感じられた。時々は言葉を絶やして、息継ぎのように天を仰いだ。私もきっといくらかはそうしただろう。息継ぎのようにたばこを吸ったはずだ。

人は制度へ行き着く、と、父は言った。獣のような個々人の自由は誰も求めていない。すべてが解禁され、すべてが自由である時、自由の発露もまた結果としてひどく制限されたものになるからだ。人は「自由を脅かされない」ために、自由をめいめいが少しずつ差し出して、むしろめいめいの自由を最大化する。だがその目的地が「自由」ではあまりに言葉として危うい。それはひどく解釈に委ねられ、利用されやすく、侵されやすい。

制度はなにを目指すか。宗教は。思想は。社会は。統治は。

「制度は、そのままでは不可能な持続を、枷によって持続可能にする功利のためのギプスだ。
　制度は未来の創出を目指す。
　少し言い換えよう。
　制度は、滅亡の回避を目指す。
　もう少し言い換えよう。
　制度は、子供の保護を目指す。
　子供が生まれること。子供が生きていくこと。その状態を守り持続させること。
　これだけがあらゆる制度の根本目的だ」

子供が死ぬから革命が起こり、子供を育てられないから革命が起こる。子供を守れないから制度が介入し、子供を産めないから制度が介入する。政治はそうして失われようとする未来に橋渡しをする。

それでは愛はどうなる、と、私は訊いた。同性愛は。それとも子の生まれる前の二人の愛は。あんたと母さんだって………

父は首を振った。旧制度は子供のためにあった。そうして革命精神は愛を守りすぎた。同性愛と異性愛と自己愛を。革命は精神の運動であり、個人の運動であり、自己と直結していたからだ。自己意識と、自己の愛と。俺はそれを今一度立て直す。




……どうやって父と別れたかは覚えていない。殴りはしなかったはずだ。終始父は遠くにいた。ルヴナンのもたらす過去視がいつかその情景に、私と父の別れ間際に辿り着くこともあるのかも知れない、ないのかも知れない。子供、という言葉は鉤針のように、今も胸に引っ掛かっている。

ギルとシズク。その子供のルリアンナ。親子二代で革命か、と、笑って、少しその鉤針が痛む。子供はない。そのあてもない。愛は過去にいくらかはあった。しかし私には未来がなかった。幾度でも銃と戦争を選び、幾度でも戦う、世界を流浪しながら……生み出すものは指の下から生まれてくるいくつかの作り物ばかりで十分で、今もそれに疑いはない。それでも、ギルとシズクを横目にして、すこしは思うところもないじゃない、それは仕方ない。

私の体の中に座を占めて病のようにうずく異物、エンブリオは、今も過渡期の胚芽として、革命の鐘を待ち、なにかへと立ち変わる気配を潜めている、それも私の鉤針になにかを語ろうとして、私には聞き届けられない……

はたと。
微笑みの代わりに切り込むような眼差しを受け、自身からもまた微笑みを消し。

あんたの好きなところ、と言われてにわかに顔を赤くして。

助けてやりたい。
その言葉に、はっとしたようにオルガを見つめた。
そうして、質問には応えず、言葉の途切れるまで黙ったまま。
幾度かの瞬きののちに、ようよう僅かに震える口を開いた。

両手が離れると、その睫毛が僅かに濡れて光って見えた。
伏せ目がちに幾度か瞬きをしたのち、大きくひとつ息を吐き、ちらと上目にオルガの顔を再び見やって。

口に運ばれるバゲットの小ささに、僅かに眉根を寄せて。

女の言葉に、少し思い出すような仕草をした後
否定の世界という分割世界を知っているか？と問う。

少し逡巡した後