ひどく気味の悪い場所だと思う。
あの気障ったらしい洒落男——イルヤナ——が守っていた土地。妖精の森という場所は。
　　
　　　　　　　　　　　　アヴァロン
ドルイド達が信じる“幸いの島”とはほど遠い風景と言えよう。
鬱蒼と茂る木々は一筋の日の光すら通さず、水面は人の像だけを映さない。
足下は仄暗く、異形の植物が足を捕らえようとする。
時折人ならざるものの視線を感じるも、振り返った先には誰も居ない。

まるで全く異なる次元に迷い込んだヒロインのよう。
異なる次元。異なる頁。その通りかもしれない——ここは十中八九主要道ではない。
英雄に相応しい道でなかろうと、“進む”という選択肢以外選べぬ場所。

表舞台よりも裏路地を愛する者も存在はするのだから。


それでいて、わたくし“だけ”は来た道を戻っている。
　　　　　 ガンマ
パックの仲介役に先導を頼み、狼の毛皮を纏いて走るのには相応の理由がある。
同行者に——真っ当な貴婦人であれば考えるべきですらない案件で——危険が迫っている。

彼を止められるのは一人だけ。
彼の弟子であり、言うなれば爆弾魔であり、現在“枯れた土地”へ出張中の社長夫人のみ。

これが酷く厄介な問題でもある。
妖精の森に通ずる道は“枯れた土地”と交差しない。
森を抜け、“大草原”を駆り、教えられた通りに“星屑の水辺”の抜け道を進む。
王城前を折り返し、砂のにおいに充ち満ちた方角へ走り込まねばならない。

人間の足で踏破するには何日もかかるだろう。
少数の狼であれば、それよりもずっと早く彼女の元へたどり着ける。
老いたこの身を狼へと書き換え、枯れた土地へと走り抜ける。
駿馬や馬車、不屈の冒険心。数多の文明の利器を持たぬ“魔術師”に赦された唯一の手札。


先を行くガンマが立ち止まり、ふっとこちらを振り返る。
僅かにのぞく戦士の影。

“断壁の世界”ではじめて傭兵となった人狼は、北部のハイランドを根城にしていた者たちだという。
北部より落ち延びたダグラスにも、戦いに明け暮れたハイランダーの血が流れている。
その片鱗すら見せず、先導はあくまでも紳士的に。
危険はないか。道を違えてはいないか。他の狼の縄張りを踏み抜いてはいないか。
ベータの代わりに自らを盾とし、鼻先で道を指し示す。

　ベータ　　アルファ
用心棒も部隊長も居ないパックで、彼に強いた負担は大きい。
されど文句の一つも言わず、No.3に相応しい仕事をこなそうとする——かつてと同じ背中。

例え読み手が変わろうと、物語の本質は変わらない。

リアルタイムに燃えている焼き鳥や、オアシスの絵が描かれたベニヤ板などをポーチからぽいぽいと取り出している。どこに行ってきたのだろうか。

久しぶりに言葉を交わすのが嬉しかったのだろう。表情を少し緩め…笑んだようだ。

恥じらうように小声になり、言葉を濁した。

夫人の問いかけに、きょとんとした表情になる。
自分の発言が何か婦人の気に障っただろうかと、しばし思いあぐねてから、口を開いた。

約束は有効なのだろうかと、少し不安げに夫人の表情をうかがいながら、
左手のひらに乗った、小さな古い人形を示す。
精霊が宿っているのだろう、人形は立ち上がり、婦人に向かって黙礼した。

婦人の一言に、かっと血気ばむ。

何故"付加"を二回続けて言うのだろう。
語呂が良いからだろうか・・？

敬語の使い方があちこちおかしいが、どこかで間違えて覚えてしまったのだろうか。　

トレジャーハンターの弟子なのにそっちが先に思いつくのか。

何やら呟きつつ、夢見心地でフワフワ歩く男の行く手には異様に大きなチューリップが咲いている……

その後ろには、頭から狼に噛みつかれた青年が、血をだくだくと
流しながら、咄嗟に弓を構えている！

運び屋の鏃は、前を行くあまりの浮かれっぷりに、博士の心の臓を指し示すが、
即座、その足元に照準をおろし、間髪入れず影縫いのごとくに矢を放つ。

17歳の少女からとても寂しそうな視線が注がれている…！

妖精に首ったけの考古学者と、彼に弓引く運び屋とを視認する。開口一番。