ホワイトタイガーの持つ氷気で保たせていた一輪の赤い花。
それをティッキーがルリアンナから譲り受けていた紙片の束に挟み込み、紐できつく縛る。
金をかけただけはあったのか、それなりに上等で重みのある紙だ、代わりにはなるだろう。
傍らで、気だるげに尾を揺らしていたミザールが何度かこちらを見た後で語りかけてきた。

（貴様にもそういうことをする心があるとは）
「へぇ…君にもこれが女のすることだと分かるのかい？貴族の子女としてのたしなみの一つだ。
ついでに言うと私の特技は刺繍だったよ」
（シシュウ？）

ミザールは眉間の黒い毛皮を僅かにしかませると黙りこんだ。
こちらの思考を読む時に出る癖だ。
その様子は、ミザールの対、双子の兄であるというアルコルよりも随分と幼く見せる。

（……なかなか笑える冗談だ）
「そうだと良かった」

ミザールと契約をしてから、彼らの一族の能力——思念を読む、には最初は対策が必要だった。
しかし、このミザールはそういったことは不得手としているらしく、
思念を読もうとしている動きさえ分かってしまえばどうということはなかった。
逆にそれを利用することもできる。
たまに悪戯にからかえば、その赤い炎の瞳をぎらつかせ烈火の如く怒りを露にする。
面白い獣だ。

（我には解せぬ。その様な情を持つなら早急に返答を出せば良いものを）
「私には目的があると言っただろう。それが終わるまではどうしようもない」
（ふん……後になって逃した魚は大きかったなどと嘆くなよ）
「ははは…逃れた方が彼にも、彼の家にとっても安泰……」

一瞬、視界に陰が落ちる。
嗄れた女の笑い声が幻聴の様に響く。
帳の様に降りる声が全てを遠ざける。

（…おい、またか）

（おい、しっかりしろ！）

（デリフィーン！）

ミザールが右の手首に噛みつく。
固く絞められた紐に食い込む鋭い牙の音は、笑い声を掻き消した。

「……よせ、それを壊すな」
（貴様が貴様であらねば、我との契約を反故にすることになる。それは許さぬ）
「そう心配するな」
（あの女、我が貴様と契約してから思念は僅かにあれど姿を見せぬ。
あれだけエンブリオを喰らっておれば相当の力を蓄えているに相違無い。
貴様の様に脆弱な人間などいつ——）

食らいついた牙が腕に触れる。
このまま噛みつかれた状態では右手が使い物にならなくなるだろう、
左の手で宥めるようにミザールの眉間を強く撫でてやる。

「ミザール」
（何だ）
「……」
（……）
（………）

ミザールは尾を一度、強く乱雑に振り回すと牙を抜いた。

「良い子だ」
（…我がこの様に世話を焼くのも単に契約に縛られているからだ。それを忘れるな）
「そうだな」

右手首を左手でなぞる。
皮膚には牙が触れた跡があったが、器用に噛みついたのだろう数回なぞればそれも消えた。
左の手の甲でミザールの頬を数回撫でてやると、鬱陶しそうな顔をしながら尾をゆったりと揺らしていた。

——不快そうな顔でバルディッシュの刃を見る

冷たい金属の壁に触れると、確かめる様に軽く叩く。