久々だな、と。
　そう、最後に思ってからさほど間も空けずに、思う。
　硬い床に棍を立てる。握った手と繋がる腕に、杖代わりと重さを掛ける。傍らに一つの影、——変化は無い。あくまでも、どこまでも、『いつも通り』に。
　行くと声を上げて、倒れた一人と道を開けた一人の横を通って進み、いくらか進んだ所で視界が揺れて、それで足を止めた。止まった、とも言うべきか。それで得物に重さを預けて深く、息を吐き出す。『呪術師』が先に進んでいるか、それとも気付いて足を止めたかは、耳に流れる雑音が邪魔で判別しにくい。
　吸われているような、持って行かれたような、そんな感覚。
　
　気付いたらどこかの壁か何かに背中を預けていた。数人の足音と声。合流出来たのか。あるいは探されていただけか。敵でない事はわかった、そこらにいる異形よりも、ずっと色が澄んでいる。
　その中で一つ、黒髪の一人を見つけて、息を漏らした。顔を上げる。視界は綺麗になっていた。
「……少年、ちょっと手貸してくれ。疲れた」
　外套の中に突っ込んでいたままの左手を伸ばす。疲れたのは事実だが、良い口実にもなったと、都合良く解釈する。
　
　——折り畳んだそれと、すれ違い様に気をつけろと落とした小声は、果たしてそうするべきなのかは、
　
　
　
　
　

　

　
　
　

声音にはほんの少し、残念そうな気配を滲ませて。

　いいなぁ、と零したその表情は羨ましげに。

　むむ、と唇をへの字にしながら、言葉には幾度か相槌を打つ。その後に続いた『協会』や『異種』の話には興味深けに耳を傾け。

　『異種』という明確な敵——と言っていいのかはわからないけど——がいる訳では無いけれど、本好きな自分にとっては良いところだった、と何処か冗談交じりに笑いながら言って。

　思わずまじまじと青年の髪と目を見詰め、はっと自分の行動が余りにも不躾だった事に気付いたのか、ぶんぶんと両の手を自分の顔の前で振って謝罪を述べる。

　連なる言葉には、頷きながらそう返す。
　己がいたところとは全く異なる魔法体系。

　目をきらきらと輝かせながらそんな風に零す。好奇心に駆られた子供のような瞳。
　エンブリオといえば、握手のように軽く上下に振られて、きゃっきゃと楽しげに、また笑い声をあげる。「よろしく、よろしく、なのー！」と鈴を転がした声が言った後、きゅと小さな両手が大きな手を握り返した。

　ぽんぽん、と頭の上に置かれた手。細く、長く息を吐き出して、面を上げ。

　くしゃりと笑みを浮かべる。「兄弟いたらこんな風なのかな、って思っただけなんだけど」と言い足して少し照れ臭そうに俯き。

　敗けた事が、無かったから。慢心をして、それで。

　どこか気の抜けたような、しかし無理の否めない笑みを浮かべて、翠を見上げた。