私たちを襲ってきた自分たちの倍はいるだろうという貝、蟹、缶やらに私たちは屈し、遁走を重ねていた。

走り回って痙攣しそうなほどに張っている脚、渇ききって痰がからみ、潮のような味がこみ上げてくる喉。

何も考えず走り続けた。むしろ、何も考えずにいられる、というのがなぜだかとても心地よかった。

それはとても楽な事だから、きっと楽な生き方だから。

そして、やっとの事で逃げ切ったと胸をなでおろした私たちを次に襲ったのは灼熱地獄だった。
















暑苦しいという言葉では生ぬるいと言わんばかりの、湯のように吹き付ける風。照り返された日差し。

まるで茹でられていく金魚のように、苦しいはずなのに安らかな身体の暖かさに身を委ねられればいい
のに。

いずれ、眠たい、というよりは眠りに落ちざる得ないという肉体の命令に私は屈してしまうのでしょう。

ああ・・・おやすみなさい。



















「紅茶を入れてくれないか、エーラ」


「せっかくだ、残っている青缶を使い切ってくれ」


その老人に私はお茶を淹れていました。正確に言うと、その人にお茶を淹れる私を私は眺めていました。

何故かその手つきはひどくぎこちなく、代わってあげたくなるほどに震えています。


「私は逃げよう、と思う」


老人はそうやって穏やかに告げます。


「そんなこと・・・言わないでください」


そこに見える私はそう返したように思えました。なぜかそこに見える私の声は聞こえないのに。

心細くて今にも折れてしまいそうなか細い声が、聞こえないのに、聞こえるのです。


「恐らくではあるが、二人で別れて逃げれば助かる可能性は高い」


「しかし！」


きっと私には分かりました、首を縦に振ってしまえばこれが長い別れになるということが。


「私は・・・あなたについて行きたいのです」


「そうか・・・」


老人は窓から見える遠くの峰に目をやります。


「どちらにしても、別れの挨拶をしてきなさい。悔やむことが無いように・・・な」


「はい！」


そのとき、そこに見える私は笑っていました。そして同時に、これは私ではなく、私ではない誰かなのだろう、そう思えました。



















夢を・・・夢を見ていました。

夢の中の私でない私は、最後に屈託のない笑顔で彼を見つめていました。

その笑顔は私の知らない笑顔、決して私にはすることのできない笑顔。

それはとても懐かしく、狂おしいまでに妬ましく思えました。