■森林：護りの森にて

　山から森への移動は眠っていても容易いなどとはとても言えないものだったが、それでも、岩肌が目立たなくなり始め、樹木の水気が漂うようになると何となしに落ち着く。
「まいなすいおんやら名前をつけると怪しげに思うが、何ぞの癒し効果はあるもんよな」
　なるべく地面を踏み荒らす勢いは控えめにと、慎重に足を運びながら、やはり先頭を行く男の背を眺めている。
　どんな拘りがあるのか、前回空振りした狩りを再び、といった気合なのだろう、こちらとしてもいらぬ邪魔は望まない、一定の距離をつかず離れずで後につく。
　そういえば随分と以前にも、あれが狼を狩った後に譲り受けたのだった。
　今回は、毛皮の処理が終わった後に頼もう、などと思いつつ。
「ふむ…」
「また何か、つまみ食いでも？」
「…うん。あのな、つまみ食いしとらへんし、またでもないさかいな。また言うんやったら、また泣かすで？」
「きっ」
　がるるるる、とでも唸りそうな喉の音は漏らしながらも黙り込むのを、呆れて見下ろしてから、再び前を向く。
　またといわれるからには、知らず、笑っていたのだろう。
　他人の後をついて歩き、口を開けてエサを待つなど。
「何となく、懐かしい思てな」
「それは、創世記か何かで」
「…いくらなんでも、私の寿命を長く見積もりすぎやからな？」
「さすがに冗談です」
　ふん、と鼻を鳴らしている。
　肩を竦めて見下ろしてから、何度目だか前に向き直る。
　思ったことを口に出していたならば、また足を止めることになりそうなので、閉じた口の形だけで笑うに留める。
　まるで、父親のようだと考えているなどとは、思いもよらないだろうから。