私達は地下牢にてラズロ、という強敵が居ることを知った。
その強さはトキサメとは比にならないらしく、余程の準備をしなければ返り討ちにされるという。

そこで、修行というのもいいと考えた。
新たな王と戦うとなれば、さらなる強敵として私達に立ちはだかるだろう。
ここで城内へと進むのを焦るよりかは、しっかりと実力を身につける方がいい、とも言える。

こうして、私達は護りの森へとやってきたのだ……。

　

　

　

君が地下牢を歩いていると、見知った顔を見つける。
かつて君に問いかけ、先日、答えを返した相手——アムルイだ。
彼女は君に気付くと、軽く手を上げて近付いて来た。

そう言ってはにかむアムルイだったが、その瞳には以前ほどの輝きがなかった。
見る限り、体調が優れないというわけでもないらしい。
ならば何故、と君が不思議に思っていると、彼女は言葉を続けた。

でも、と彼女は言葉を区切り、

その疑問に、君は既に答えを得ている。
“主君が道を間違えたとしても、守り、正すのが騎士の役目”だと、君は胸を張った。
それ自体は今も変わらず、君を貫く芯となっている。

けれどそれは、どこまでいっても“騎士の答え”なのだ。
誰に仕えることもなく生きてきたアムルイは、その視座を持ち得ない。
しかしだからこそ、彼女は問い続け、考え続けているのだろう。

そう。独白にも似た疑問の投げかけは、君に新たな問いを与えた。
王が間違っていることに気付いていない可能性。
否、それどころか——もしも騎士や家臣の全てが、そうであったならば。
ネクターの独占という凶行を、王は凶行だと認識できているのだろうか？

その問いは、君が得た可能性とは違うものを指している。
しかし疑問の行く先は同じところにあった。
騎士や家臣、宮廷の誰もが“主君の間違いを指摘していないのでは？”という疑問。
その環境で、王は間違いに気付けるのかという疑問。
この２つが、もしそうだとしたら。
その先には、自らの行いを正しいと思い込む王がいる。
そして——正しいと思い込ませ、王さえ操る何かがいる。

だが、君はその可能性を答えなかった。
答えたところで、何がどうなるというわけでもない。
ましてや疑問という仮定の上に成り立つ、何の確証もない想像だ。

それでも君は、胃に重く冷たいものを感じてしまう。
王を正せずとも、最悪、王を討てば終わると思っていた。
しかしこの想像が正しければ、王を討ったところで何も変わらない。
代わりが用意されて、また続くことになるだけだ。

否、それだけではない。
そうだとすれば、王に従う騎士や兵士の見方も変わってくるのだ。
立場の違いはあれ、自分と同じような信念を持つ相手であれば、戦うことに迷いはない。
信念を持たず、損得勘定で従っているだけの下郎ならば、容赦も必要ないだろう。
しかし王が操られており、その王に自分と同じく信念を持って従う騎士ならば。
果たして——戦い、その命を奪うことができるのだろうか。

黙り込んでしまった君を気遣ってか、アムルイが見上げるように顔を覗き込んでくる。
そんな彼女の瞳には、やはり以前ほどの輝きはない。
しかし君は、何となくその理由が分かったような気がした。

あれは好奇心の輝きなのだ。
以前、彼女の疑問は騎士に向かい、それ故に君へと向けられていた。
しかし今、彼女の疑問が向かう先にいるのは騎士ではなく王だ。
だから君の目には、輝きがないように見えていた。

君は思う。
このちっぽけな輝きは、届くのだろうかと。
王と、それを取り巻くの闇の中を、照らせるのだろうかと。

分からない。だが、これだけは言える。
今、君に必要なのは、このちっぽけな輝きなのだ。
騎士であることを貫きながら、しかしフーキ・イートンという人間として。
疑問と迷いを得て、知ろうとすることが必要なのだ。

君がそう思っていると、目の前の質問者が口を開く。

だから、と彼女は明るく、強く笑って、

————その誘いに答えられないまま、君は彼女と別れた。

君は疑問を得て、迷いを得た。
それでも君の中には、揺るぎなく“騎士の答え”がある。
違う。その答えは、誘いと問いの“答え”になれない。
回答者として、その答えでは向き合えていないのだ。

ちっぽけな筈の輝きは、思いの外、眩しいものだった。