人間の脚を得た代わりに、わたしはエンブリオとしての力を失ってしまいました。

人間の脚を得てみても、これといって何かしたいことがあるわけではありませんでした。見た目からして人間の姿とは異なるため、人間のように生活できるわけでもないでしょうし、そもそも行くあてもありませんでした。生まれたそのときからエンブリオだったので、人間の脚を得たことよりも、エンブリオとしての力を失ったことの喪失感のほうが大きいように感じられます。それに、クレーさんの一番の目的は、エンブリオの研究ですから、もうわたしが旅を共にする理由もなくなってしまいました。理由という目には見えないもの以上に、契約が解約されるという明確な結果が、わたしとクレーさんの繋がりが失われるのだという事実を突きつけていました。もしクレーさんと離れ離れになったら、わたしはいったいどうすればいいのでしょう。

そういえば、クレーさんは解約したエンブリオでも相変わらず一緒に連れまわしている方でした。ランプ代わりになったり、クーラー代わりになったりと、解約しても便利だから、だそうですが・・・。わたしは・・・そもそもお役に立てるような水の力も、失われてしまっているのでした。

クスクス、と笑いながら、やはりクレーさんは本音を隠そうとしても隠せないんだな、と思いました。研究という目的も本音だし、一緒にいたいというのも実際のところは本音なのでしょう。わたしがこの脚で何ができるのか思いつくまで、契約なんて無くっても遠慮無くご一緒させていただくことにしました。

あなたが辞書をパラパラとめくる様子を、とても興味深そうに見ています。

意味をはかりかねた様子で、その単語を繰り返した。
ただ、クレーの口振りから、あまりいい印象は抱かなかったらしい。
少しだけ、眉を寄せる。

それから少し、考え込む素振りを見せて。