天井に釣り下がる、ランプの焔がふらふらり。
　あっちこっちにふらふらり、はぜて飛び散り消える焔。

　いのちがあちらにきらめいて、そして倒れてすっと消えて。

「……いきましょう。このばしょは、もう、いや」

　マシェがぼそりと呟いて、ふらりとおばけのように、空を泳ぐ。
　彼女が揺らめく先へと続いていけば、そこはきらきら光る、ふしぎな園だった。


「ふわふわ——ふわふわ——」
　綺麗な花が咲き乱れ、そこかしこに白い女性のひびわれた彫像。
　あちらこちらをもの珍しそうに、ふわふわふわふわユノが揺らめく。
「……。と、いけにゃい。……眠くなっちゃうね」
　少し落ち着いたのかココが気持ちよいのか、とうのマシェはぼややんぼややん。
　ちょっと気を抜くと雲みたいに、ふわふわふよふよ流れていきそうになる。

　あんまり変なところまでながれそうになると、槍がちょん。
　どこかに行かないように気を付けて、千巌がマシェを掬って繋ぐ。
「おー、ここは快適だなー。もうちょっとここで休んでていいか？」

　サヤは何も話さないけど、ちょっと口元が緩んでる。
　たぶんに彼女にも快適、なんだろう、なあ……。


　ちょっと、苦手だけど。


　天井のあるこの場所、中庭——っていうの、か、なあ？
　柔らかい光はきれいだし、ほかほかであたたかいし、あのかれっかれの場所と違っていのちもたくさん感じられて……。
　うん、すごく、ボクも、いいなあ……って思うの、だけ、ど……。

「っとと、ソウ、そっちあぶない！！」
　千巌の声ではっと気づく。


　眼下には煉瓦でできた路、そこには光を受けて輝く——水。

　そう、水。
　ここは、水が、いっぱい、あるんだよね……。
　この花園、すごいきれいで気持ちはいいんだけど、あちらこちらに煉瓦の水路が張り巡らされて、るんだよね……。


「ソウ、いたくなかったか？　うごけないとかないか？　だいじょうぶか！？」
　大慌ての千巌がぴんこぴんこ、近づいてきてはまくしたててくる。
　とりあえず小刻みに首を２・３度縦に振って、だいじょうぶだって伝えてみる。
「この間の川辺のとき、びっくりしたんだからな。まさかいきなり動かなくなるとか思わなかったからな！
　ほんとーにだいじょうぶか？　ちゃんとうごけるか？　うごけるな、うごけるんだな！！
　無理したらダメなんだぞ、ほんとーに心配するんだぞ！！」

　煉瓦の水路の３歩手前位まで踏み込んでしまうたびにこんなカンジ。
　何だか他人事じゃなさそうなくらいにわちゃわちゃと、すごい勢いでまくしたてられる。

「そこまで水路を踏んじゃうのが心配なら、マシェの背中に乗せて貰えば良いのじゃないかしら」
　くすりと小さく笑みを浮かべ、サヤがそう指摘する。
「……ソウちゃん、ものすごく、おもいにょ、にゃ……」
「……ああ、そういえば……」
　なの、だ、けど。
　ボクはブリキでできているわけで、要するにものすっごく、重い。
　身体の大きさこそサヤの胸くらいまでの大きさしかないモノの、重さでは荷物を置いても大鎌を持ったサヤより重いくらいになる。
「……あ、あああ！？　で、でもでももももも、ダメとかいけないとかそういうのじゃぜんぜんなくってってててっ！！！？
　ちゃんとソウちゃん位ならふわふわいっしょにできる、にょ、にゃ……ソウちゃん、乗る……？」

　イマハイイデス。
　その慌てっぷりとかを見たらイイデス、オナカイッパイデス。
　食べらんないけど気分的にオナカイッパイデス。

　ココロの声が聞こえてるかはわからない——というか聞こえててほしくはないけれど、とりあえずゆっくりと首を横に振っておく。
「そ、そうにゃの……だ、だいじょうぶか、にゃあ……？
　うごけなくなりゅのは、たしかに、心配にゃのだから、にぇ？　あぶない思ったら、早めに——ね？」
　ハイ。
　首をこくりと縦に振って、周りをゆっくり見渡してみる。

　あちらは蒼、あちらは緑、あちらは紫であちらは紅。
　色とりどりの綺麗な花、歌う鳥に舞うちょうちょ。
　綺麗な光が降り注いで、水や花や白い像をキラキラと彩っている。

　なんか、おはなしにでてくる“てんごく”みたいな、ばしょ、だ、なあ……。
　こんなところもあるんだなあ……。

　なんのきなしにてふてふとあるいて、白い像にペタリ、触ってみる。
　目をつむり、にこやかにほほ笑む、ひび割れた女のひと？　の彫像。
「それ、気になる、にゃ？」
　触れてるとマシェがちょこん、肩のところから顔を覗かせてきた。
「たぶん、女神の彫像——かな。え、と、女神っていうのは……おんなのひとの形をしてる、かみさま、ね。
　世界や、場所にも、よるんだけりぇど……一般的には、優しかったり、助けてくれたり、教えてくれたり、癒してくれたり、包んでくれたり、の、イメージが、多いの、かにゃ……」
　“殺したり、闘ったり、嫉妬深かったり、こわい女神さまもいるけどね”と、ぽつりとそう付け足してくれた。


　女神、女神、かあ……。
　女神なら、死に瀕しているへいむさんを、たすけてくれない、か、な……？


　あのひとは、べつに、なにもわるいことは、していない。
　だから、助かっても、きっと、良いと、思うんだ。

ふっ、と自嘲的な笑みを浮かべた。

ほんの一瞬だけ、嬉しそうに微笑した。

シャリン——、シャリン——
　どこからともなく音がする。

　　　シャリン——、シャリン——
　　　　それは、だんだん近づいてきている、そんな気がする。