地下牢。
　ランタンの灯りだけがたよりの不気味な、うぞろぞろとした空気が漂うココへと再度ボクたちは戻ってきた。

　いや、だって。
　いまの時点だとボクたちには、ココ位しかおうさまのいる城への行き道、知らないから。




　精霊や祖霊の先導という赤とんぼ・ショウに、目の前で通せんぼしているのの殲滅をするため力を借りる。
　頭の中で“もえろ”と意識すれば、ごわっと大きな焔が上がり通せんぼを包む。
　この焔を扱うのに引き換えないのち（ショウ曰く、それは“胆力”らしいけど）を渡して「くらっとしたかな？」と思った時には焔はもう消えていて、そこにはしんと澄んだ空気だけが残っていた。

「うわ一発！？　一気にラクになったぞ！」
　ホントだよ。
　放ったボクが口に出しそうになるくらいにびっくりだよ、マジデ。

　マシェが川辺で作ってくれた着物と鉈を持ってから、エンブリオの出力が一気に高まった気がする。
　特に焔——つまりショウの扱う力。

「でも不思議だな、あんだけハデで強い焔なのに千巌たちには熱くも苦しくもないぞ！！
　むしろ地下牢のいやーな空気が、山みたいに澄んだ気がするぞ！！」
「わしが扱うんは明王はんらが練っておりんさる神焔じゃからの、悪意やケガレは容赦なく焼き尽くす。
　不浄な空気が漂ぅているこの地下牢には、ちょうど良いかもしれんのお」
「千巌にはよくわからん！　けどすごいってことだけはわかった！！」

　うん、ぶっちゃけショウのいってることはボクにもよくわからない。
　でも多分、その“明王”って、ショウ、敬ってる、んだよ、ね……敬語だったし……。
　あそこまでざっくりいっちゃって、気を悪くしないのかな……？

　でも当のショウは、気分を害した風がみじんもない。
　どころか「気持ち良いまでにまっすぐじゃの、よいこっちゃ」と、からからと豪快に笑いとばしていた。


　笑い飛ばしていたショウ曰く、今のは別に悪意があるわけじゃないから構わないらしい。
　純粋に「分からない！」って言われたなら、まあそんなもんだっていうハナシ。

　だけど。
　明らかにボクらに向かい敵意や悪意、それも筋違いのをぶつけてくるなら話は変わるかのぉ？　とかけらっと茶化してた。
　そういや一度龍を見つけたときはちょっと雰囲気変わってたよな……？　と、いってみたけど、あのときとは全然違うとか。


　一切の興味もなさそうに佇む、白くて病気を引き連れていそうな、緑色の。
　何一つ身に覚えもキオクもない内容を呟き明確な悪意を向けているくせに、その顔からは汗をだらだらと流し続ける栗色の。
　混乱しているのかよくわからないひとり芝居をして、その後「ありがとう」と「殺してくれ」とボクらに頼む、へんに元気な金色の。
　訳が分からない声を引き連れはその声にひとりでキレてる、茜色の。

　そして、彼らがまとっている、気味の悪い、突き刺してくる感じなくせにねっとりとつつむような、不気味な悪意。

　それから程なく後で出会った、地下牢の雰囲気とぴったりと言ってもいい位なその集団。
　それらが放っているイヤなのを感じた瞬間、軽口のショウの雰囲気が変わり声にもいつもの温度が掻き消えた。
　そして借りて放つ焔は文字通り、容赦なく無慈悲にそれらを焼き尽くしていた。


　——なるほど。


　殲滅後——。

「ショウ。あれ、殺してない？」
「しらん」
　うわざっくり。
　耳打ちする感じの小声でショウに聞いてみたら、返しがこれ。にべもしゃしゃりもない。
「お嬢が一揆に参加しとるんはなるべく殺したないいうとったし、煩悩と悪意を滅却するよな焔を喚んだが、焔は焔」

　一揆に参加するのは、おうさまが独占しているネクターを取り返してメルンテーゼの混乱を止めるためも、ある。
　だから、一揆に参加している連中の“いのちの火”を絶やすこと——つまりは、殺さないようには、してる。
　しょっちゅう千巌が「殺していいか？」って聞いてくるけど、それもそのつど全部、とめている。
　表向きには——ていうか実際そうだから、っていう理由としては、ひとつの“いのちの火”を絶やしてしまえば、もうそれからは、ネクターもいのちも取れない・手に入らない・奪えない。それでは足りなくなってしまって、望みを叶えきれないかもしれない。

　——ていうのもあって、最低限、意識的に一揆参加者は、殺さないようには、している。
　ただし、ほんと〜に危急な、ボクたち自身が命の危機な時を、除いて。

「やけん、ほからってったあのあとでのうなってもわしゃ知らん」

　その上、なにをいっても焔で包んで刃物や弾丸で打ち抜き、トドメに鎌で狩りとっているわけで。
　だからどれほど急所を撃たないようにはしたところで怪我は怪我。悪化すれば当然、死に至ることはふつーにあり得る。

「あれらはどれもメルンテーゼの生き物やなし、そもそもえらい悪意と敵意のカタマリやったしな。
　悪意や煩悩を滅却したらなにものこっとらん存在やもせんぞ、いわゆる悪霊みたいにな」

　……なのだ、けど。
　それにしても、辛辣だ。

　いやボクだって、あそこまで明確な敵意と筋違いをぶつけられたら気も悪くなるわけだけど。
　それ以上に温度が飛んでるショウやサヤ・マシェに囲まれてたらそういう気もなぜか飛んでいて。


　そんなことよりもボクの気は、いまは別のところに向いていた。


「ねえ、マシェ——。
　この間ソウに川辺で渡してくれた鉈と服——何か、今までとちょっと、違うこと、した——？」
　頭の中でユノに頼んで、思ってることを代わりに声に出して聞いてもらう。
「あれ、見た感じは、ふつーの鉈と服だったけど——なんか、いのちの感じが、違う——。
　いきてる、ってわけじゃないの、に——いのちを湛えて護っている——そんな、感じ——」

　いや、そこまでは思ってなかったんだけど……でもユノはそう感じてる、ってこと、なのか……な。

　そういわれてみれば、赤と朽葉のかさね色のこの服を着てから、たしかにその前に比べたらちょっと身体が楽な感じがする。
　ふと話題の鉈を鞘に入れたまま手に持ってみてみれば、何となく安心できるような、それでいて澄んだような、そんな気がする。


　いわれてみれば、たしかにそうだ。
　何となく護られてるような、そんなカンジだ。


「あ、ユノちゃん、分かるんにゃ……私も、割と半信半疑、だったのに……」
　あれはね……といいながら、へんなのがいないかマシェが周りをきょろきょろ確認して、それから荷物をごそごそしはじめる。

　ほどなく出てきたのは、やわらかい布。
　何かを大事にくるんでいるそれを、水を掬うみたいに取り出して。そしてそっと布をあけ、その中身をみせてくれた。

「金と、白の——長い髪のふさ——？」
「おにゃのこのきれいにゃ長い髪には、そのこの霊魂の一部、強い魔力や霊力が——……
　って、え、と、もういきなりわけが分からない、って顔と空気、してりゅよ、ね……ユノちゃんも、ソウちゃんも……」
　ハイ、スミマセン。
「要するに、ユノちゃんの言う“いのち”の力がすごく籠ってて、強い魔除けになるんだって。
　そんなふうにショウちゃんに言われて、造る時に教わりながら、ちょっとだけ、入れてみたにょ」
　鉈は刀身を造る時に混ぜこんだ上で柄のところに編みこみ、服には柄と同じように編み込んであるのだという。
「もうひとつ、私にょ銃にも入れてみたんだ、けど……確かにスッゴイ威力もあがって、撃った後の空気も澄んだのにぇ……」
「このあいだココに来たときに、お嬢たちはみんなして空気を吸っただけで“気持ち悪い”“何だかいや”っていうとったからの。
　お嬢も身体を一気に崩しておったし、ケガレにあてられとるようではそらあかん。ケガレから護り、祓って浄化するために、のお」
　と、そのショウが、マシェの説明のフォローに会話に混ざる。


　でも、へえ……そうなんだ、知らなかったな。
　綺麗な髪には“いのち”が、そして魔力がこもってる、かあ……。

　それを聞くと、何の気なしにサヤのほうへ向く。
　彼女の髪は、腰まで届くほどの長く、そして綺麗な鴉の濡れ羽色。
　あれだけ綺麗な髪ならば、きっと強い魔除けの力と魔力があるん、だろう、なあ……。

　でも、そう考えたのはボクだけでもなかったらしい。
　ふと気づいたらみんなして、サヤのほうを向いていた。

　みんなの視点が集まると、視線の先の彼女は嬉しいような、でもかなりいや〜なような、そんな微妙で憮然とした顔をしていた。

「でも、マシェが持ってるこれって、どーみてもサヤの髪じゃないよな？
　金と白で、キレイで、しかもすらっと長い女の髪って、そんなのいつ、どこで手に入れｔ……」

　あ。

「それもしかして——この間、川辺にいた、きれいなおんなのこの——？」
「せや。あのときのちいさな女の子と、ぴこぴこみみしっぽの女の子の、髪じゃよ」
「さやちゃんが少しだけ、傷つけないようにとってきてくれたらしいのにゃ」
「とられるあの子たちの髪形も不自然にはならないように斬ったわよ。髪は女の命なのだから、まったく……」
「ハッハ、無理なことを頼んで済まんかったのお」
　軽くため息をついて憮然としているサヤに対し、ショウがいつも通りの雰囲気で謝りながらの苦笑い。

　アレは……多分、前に頼んだ、んだろう、な……。

「そんなすぐには造りきれないけど、順番に順番にしていくにぇ。今日はちーちゃんの槍と、私とソウちゃんの飾り……か、な……？
　……え、と、ふらっとしてたソウちゃんは、先に、ちゃんと、揃え、て……いやぁな空気から、きちんと、護ってあげて……」

　ぼそぼそと。
　考えながら言っているのか、遠慮がちなのか。多分後者なんだけど。
　とぎれとぎれのマシェの言葉が、すこぉし——いや、かなぁり、耳に、痛い。


　うーん……。
　そこの、部分では、本当に、お世話とご心配、おかけします……ハイ……。
　サヤの言うとおり、会って２週間にも満たないけれど、それでも２週間は一緒にいたわけで。
　だぁいぶアレって、心配させたんだなあ……と、改めて思う……。

　そういえば、ボクとヘイムさんだって、一緒にいた期間だけでいえば１週間でしかないんだっけ。
　そんなこともふとよぎっていく。


「で、え、と……さやちゃんは、きっと、何とか……」
「するわ」
「うん、ありが、と……」

　最後はこうなるよな、というカンジで。
　ごにょごにょと消え入りそうなマシェの声に、迷いなくすっぱりとサヤがこたえた。



「さぁさ、きちんと準備もできたかの。
　どうもこの先に、この不穏な空気の造り手の一人がおるようじゃからの。気ぃ引き締めて、いこみゃーか」

　いつもみたいに談話もして、荷物もきちんと整理して、そして装備も整えてもらって。
　区切りを見てはうちの先導が、いつもの調子のはっぱをかけた。

シャリン——、シャリン——
　どこからともなく音がする。

　　　シャリン——、シャリン——
　　　　それは、だんだん近づいてきている、そんな気がする。