「ここは、もう良いですね。先に進みましょうか、コトカ」


いつもなら、すぐに返事が聞こえるはずだった。けれど、いくら待っても、返る言葉は、ひとつもなくて。


「……コトカ？」


振り返る。
雑然とした部屋の中、さっきまで居たはずの彼女の姿は、——ない。


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険しい山を進んだ先にある、小さな屋敷が今回、進攻先として選んだ場所だった。
ここ最近、コトカさんのお知り合いと組んで行動していたせいか、二人での進攻は久しぶりで。
狭い室内という状況下、いつもよりは周囲の警戒に力を入れていた、はずだったのに。

いつから逸れてしまっていたのだろう、と、記憶を探る。
今日は、そう、さっきまでは、一緒に探索していた、はずで。
時折、状況を確認する為に、声を掛ければ、返してくれていた。
その声が、聞こえなくなってしまったのは、いつだったのだろう。

ともかく、と、室内を探す。今いるのは、広さのある、放置された調度品を見る限り、客間だろうか。
扉で繋がった寝室も見て回ったものの、やはり彼女の姿はなかった。
途中で気付いたけれど、ウルヘアさんも、ここにはいないようだった。彼の気配も、纏っている風の動きもない。
悪戯で隠れる、なんてことはしない人だから、何処か違うところを探索しに行ったのだろうか。
でも、それなら、一声掛けてくれるはずだ。ウルヘアさんまで、黙っていなくなることはない、とは思う。


「どこに、行ったんだろう」


そう零して、不意に思い出した。


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少し前のことだ。コトカさんが、珍しく上の空というか、ぼんやりとしていて。
様子が気に掛かって、どうかしましたか、と聞けば。

——最近、変な夢を見るの。

でも、それだけで大したことはないわ、気にしないで、とも。
どんな夢なのか、内容までは彼女は言わなかった。
ただ、あまり良い夢ではなさそうなのは、彼女の表情から読み取れて。

そう、それから。
ふとした時、コトカさんが難しい顔をしていたり、何処か浮かない顔をしていることが多くなっていったように思う。


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それが、いなくなった原因、なのかは分からない。けれど、多少は関係しているかもしれない。ひとつのことを考えていて、他への注意が散漫になってしまう事は、身に覚えがありすぎる。
もし、逸れたと気付いたなら、きっと彼女もこちらを探すだろう。
此処は外観を思い出す限り、それほど大きな屋敷とは思えなかったし、今日は静かだから、きっと探すうちに会え、


——ぞわり、と首筋に走る、悪寒に似た感覚。


手にしていたフレイルを握り直す。
思えば今回、踏み込んでから、妙に静かで。いつもなら現れるエンブリオや魔物の気配さえ、薄い。
すなわち、それは、何かが起きていることを意味する。
もしかしたら、その変異が。


部屋を出る。正面には窓、長く続く廊下が左右に。
この屋敷が発見されてから、何人も通ったせいか、足跡だらけの絨毯が敷かれた床を見ても、彼女の行方を知る手がかりはない。左は出口の方へ通じていることも思い出した。
右の方へ向かう。いつもなら気にならない足音が、耳につくほどの静寂。

と。

かすかな音に気付いて、耳を澄ます。軽やかに駆ける、足音だ。
人の足音にしては軽すぎる。敵かと思ったけれど、それにしては。
このまま行けば、曲がり角。足を止めて、その音の主を待った。


「おイ」


姿を現したのは、ぬいぐるみのような、見慣れた白い子狐。イェジだ。
同時に、彼に、こちらの探索を頼んでいたのを思い出す。
彼と離れたのは、コトカさんと共にいた頃だったから、彼女がこちらへ向かったのなら、会っているかもしれない。


「そっチ終わっタの「イェジ、」


彼の言葉を遮るようにして名前を呼んだ私に、足元まで来たイェジは怪訝そうな顔をして私を見上げ。
それでも、あァ？と相槌を打ってはくれた。


「こっちへ戻る間に、コトカさんと会わなかった？」


問いかけに、記憶を辿るように濃い橙の瞳がぐるりと空を巡る。
けれどやがて、緩く首を振った。


「……さァ、な。俺ァ、見てねェゾ。……何処か行ったのカ？」
「ああ、……いつの間にか、逸れてて。ウルヘアさんも、いなくなってて」


そう言えば、彼は舌打ちをして。


「なラ、さっさと探せやド阿呆ガ。……いくら今は静かでモ、此処は敵がうようよしてンだ」
「分かってるよ」


言いながら歩き出す。
変わらず、屋敷には静寂が下りていた。

前へ、一歩進み出る。
深呼吸を１つ、くるりと武器を回してから構えると、現れたヴァルキリーを睨むように見据え。

息をついて、武器を下ろす。ベッドに横たわる少女の方へ、視線をやった。

スズメ大のサイズの夢魔が悪夢を押し売りしている・・・。