マール「…覚悟を決めないと、だめかな」
ラケルトとアヴィド。
2人の強敵と対峙したマールは、自身の甘さを痛感していた。
その甘さが命取り。
文字にすると実に陳腐だが、そこに体験が加わると話は全く変わってくる。
現に、マールの甘え(実際にはマールとそこに居合わせた戦闘メンバー全員の甘えなのだが、マール本人はそう考えていない)によって、自分自身、3人の仲間、2人の学友とその仲間、それら全員を死に至らしめるところであった。
実際には死者はおらず、各々命からがら逃げ出すことに成功しているので、後は再戦の機会さえあればいつでも挑めるのだが、その前にマールは己の覚悟と、それを示すために「足りないもの」を補うべく、必要な物資の準備をしていた。

　マール「今日は…ハートマンちゃんかな？」
マールがそう呟いた刹那、
　？？？「お呼びですかな、マール様」
と、呼ばれた当人が、ゆっくりとマールの目前に現れた。
　マール「うん、あなたたちに頼みたいことがあるんだ」
そう切り出したマールに対して、
　ハートマン「もしかしてですが…こちらを、御所望ですかな」
そう言ってハートマンが差し出したのは、4本のバラの模様が刻まれた、小さな宝石だった。
　マール「わたしの家のエンブレム…うーん、見透かされるなんて、わたしも修行が足りないかな」
　ハートマン「そうではありませぬ。 マール様に及ぶ危険が見過ごせる範囲をとうに越えておりましたゆえ、渡せる機会を我々は常に見計らっておりましたのです。 マール様からお呼びされなければ、差し出がましくも私からお渡しする心算でおりました」

　ハートマン「ところで…マール様」
　マール「ん？」
　ハートマン「僭越ながら申し上げますが…まだ、悩んでおられますな」
　マール「…うん……うん、そうだね。 これからわたしが作るものは、明確に『人を殺す意思』を持たせて作るものになるから、わかっているつもりでも、怖いんだ」
　ハートマン「明確な殺意を持つ相手に、殺意なしで挑むなど、自ら死にに行くようなものです。 自分を、仲間を守る盾とするために、その殺意を纏うのです。
　　　　　　　　大丈夫。マール様ならば、呑まれますまい」
　マール「ふふふ。 私がハートマンちゃんから一本取るのは、まだまだ先になりそうだね」
　ハートマン「この騒ぎが落ち着きましたら、ぜひ、お手合わせ願いましょう」


　ハートマン「さて、私はそろそろ任務に戻りますが…その前に、こちらを」
そう言ってハートマンが差し出したのは、4本のバラの模様が…描かれた紙に包まれた、焼き菓子であった。
　マール「！！！　おお、おおぉおぉぉぉぉ…………」
　ハートマン「…何やら、家紋をお渡しした時よりも感動しておられませんか？
　それはともかく、とある地方ではこの時期にお菓子の交換会を行う風習がありましてな。 折角なのでと、腕を奮わせていただきました。 お仲間の皆さんの分もありますが…今は、別行動中のようですな」
　マール「ハートマンちゃんのお菓子は美味しいからね、みんな必ず喜ぶと思う。 ぷいぷいちゃんと淳陽さんにもわたしから渡しておくよ。
　ところで…このお菓子、明日まで保つのかな？」
　ハートマン「そうですな…残念ながら、1日経ってしまうと、固くなって風味が失われてしまいますな」
　マール「そっかー……そっかあ………」
　ハートマン「ただ、早めに摂氏0℃以下の冷たい場所で保管していただいて、後で火などを起こして温めてからお召上がりになれば、2、3日ならば美味しさが保たれていると…マール様？聞いておられますかな？」
　マール「(ぷいぷいちゃん……淳陽ちゃん、ごめんね……固くなるまえに、わたしが………)」

ひとつだったマールの決意が、ふたつになった瞬間であった。