少女はお気に入りの場所に立って、外の世界を眺めていた。

ここは魔法によって区切られた空間。
火の力によって満ちている。
少女の姿をしたサラマンダーが
与えられた場所。
タケトが見た世界。触れた物や体験した事象。
様々な物がこの空間に影響を与え変化して行く。

少女はその中で火の力を支配し制御する役割を
阿僧祇という狐から与えられていた。

少女が窓ガラスに触れると
神秘的な森の姿が映し出された。
おそらく『妖精の森』と呼ばれているエリアだろう。
様々な色の魔力が森の中に満ちている。

「きれい・・・」

どこか懐かしい魔力の流れ。
契約するまでは、名前を与えられるまでは、
少女もあの魔力の流れの中に居る多くの精霊なかの一つでしか無かった。

今は違う。

タケトという契約者を持つ、沙羅という名前を与えられた者。

それが自分なのだ。
契約が解除され、名前を捨てない限り
あの魔力の流れの中に戻ることはできない。
少しだけ『寂しい』と感情が理解できた気がする。

振り向くと、丸い爬虫類のヌイグルミの様な物が
小さな羽を動かしながら飛んでいる。
これは随分と付き合いが長くなってきたエンブリオだ。
少女の次にこの空間にやって来た者。
この姿は少女の部屋に相応しい形になるように
タケトが無意識に与えた物だった。
本来の姿は最強級の炎の魔法を使える小竜なのだが
この空間の中では、その面影は片鱗もない。

この竜が現れた頃は、この空間も小さくて
せいぜい１部屋程度の広さだった。
今では、タケトの魔力が強くなってきた事もあり
随分と広くなり部屋数も増えた。
火を司るエンブリオも増え
それぞれに与えた姿に準じた仕事をこなしている。

「ティータイムにしましょうか？」
子龍を胸に抱えると少女は部屋から出て
食堂へ向かう。
紅茶・お菓子・・・食べるという事。
契約をして知った事。
その行為は知っていたが、体験したことは無かった。
精霊には必要のない物だったから。
いまでは彼女のお気に入りお時間。
朱雀の入れた紅茶とお手製焼き菓子。
「今日は何が出るのかなぁ？」
少女の独り言に子龍は「ムィ？」と返事をするように鳴いて見せた。

食堂の扉の前につくと
中からは紅茶と焼き立てのお菓子の香り。
「朱雀、時間を見計らって用意するなんて気が利くじゃない♪」
声をかけながら入って行くと

そこには見慣れない薄汚れた貧乏臭い少女の姿をした何かが居た。

「朱雀！それは誰！？」
少女の鋭い声に驚いたように朱雀は視線を向け
あなたのお知り合いなのでは？
と表情で訪ねてきた。

この空間には阿僧祇の他には少女が許可した者しか入れない
事になっている。
少女が知らない者は本来この空間には存在しない
はずだった。

が・・・
今、目の前にいる薄汚い少女の姿をした者が誰なのか
まったく分からなかった。
この赤を基調にまとめた洋館をイメージした空間に
まったく似つかわしくない服装の少女。
自分がその姿を与えたとは思えない。

「あぁ・・・あなたがサラマンダーですか？」
焼き菓子を頬張れるだけ頬張って、無理矢理紅茶で喉の奥に流し込むと件の少女は沙羅に声をかけた。
椅子からひょいと立ちあがると頭を下げながら
「私、貧乏神って言います。この御屋敷が居心地が良いので
気にいりました。どうぞよろしくお願いします」
と自己紹介をした。
「私はあなたにここへの入場を許可した覚えは無いわ！」
少女の鋭さを増した声に
「あぁ・・・私、食べるだけ食べたので・・・まだ残ってるので
どうぞ食べてください」
と自分に向けられているであろう感情を全く気にしていない様子でテーブルの上の焼き菓子を指差すと
またひょこりと頭を下げて食堂から出て行った。
少女は後を追ったが廊下に貧乏神と名乗った少女の姿は無かった。

「貧乏神ですって？・・・何やってんのよ、あのバカ狐！」

小刻みに震える少女の顔を小竜は不思議そうに見上げていた。

　　　　　　ゴンッ！！！