闘技大会選手控室・・・
急に自分が戦うと言い出した阿僧祇の奴に柱に縛りつけられた俺が
会場にようやく駆けつけた時、今まで見たこと無い物があった。

自発的に戦っている阿僧祇。

表情はいつもと変わらず、やる気があるのか無いのか分からない。
だか、淡々と振るう小太刀からは小さな衝撃波が飛び、当たった物に火種をまき散らす。

『集え火が眷属。満ちよ燃やす者と燃える物・・・』

小さな火種は燃え上がり、確実に相手の体力を削っているように見えた。
俺はその様子を見て・・・息を飲む。

「阿僧祇・・・強い」

思わず口にした言葉。
握った拳に力が入る。

『驚きましたか？』

急に声をかけられて、驚いて隣を見ると
少女の姿をしたサラマンダーが居た。

『なかなか会いに来てくれないから、こちらから会いに来ました』

サラマンダーの瞳にはどこかに意地悪そうな光が輝いている。

『自分の方が炎の力を扱えると思っていた。阿僧祇は口ばっかりで戦う事は出来ないと思っていた。全部、ハズレでしたね』
「お前は阿僧祇の力を知っていたのか？』
『はい。タケト、あなたがいつも使っている力は私や阿僧祇がバックアップしているからこその物。
闘いの中で身体も出来て来ているでしょうから・・・同じ年頃の子供たちと比較したら、タケトは魔法の使い方も上手でしょうし・・・速く走る事も出来る。戦い方も理解しているでしょう』

サラマンダーは言い聞かせるように俺に語りかけてくる。

『でも、まだ成長途中のあなたの身体にとって、大人達よりも速く走る事で負担が掛っていないとでも？また、モンスターを１撃で消滅させるほどの魔法を撃つ事に何の負荷も受けずに使う事ができていたとでも？』

俺は単純にエンブリオと契約している事で、その力を使いこなせていると思っていた。でも、サラマンダーの口ぶりは、それを否定している。

『私や阿僧祇が、あなたの身体に必要以上の負荷が加わらないようにコントロールしていたのです。すべての魔法には事象の発生に伴い、反動という負荷が術者に返ってくる。火の魔法の反動は私がコントロールするように阿僧祇に言われていました』

サラマンダーの視線が阿僧祇に向けられる。

『運動系の負荷は阿僧祇がコントロールしていました。驚異的な瞬発力があなたの身体を壊してしまわないように・・・』

俺は阿僧祇に視線を向ける事が出来なくて、床をじっと見ていた。

会場でどよめきが起きる。
最終戦の相手は、俺達よりも格上の相手だった。
この雰囲気からすると・・・相手チームの誰かが倒れたのだろう。
誰も予想していなかった展開への驚嘆のざわめき。

「どうして阿僧祇はあんなに強いのに自分で戦おうとしないんだよ・・・」

俺の問いかけにサラマンダーは少し考え込んだ。

『面倒くさがりですからね・・・阿僧祇は』

俺が顔を上げると、サラマンダーはニコリと微笑む。

『冗談です。まぁ、半分は当たっているのかもしれませんが・・・
阿僧祇は別世界の存在。この世界の問題を解決するのは同じ世界の存在、タケトが行う方が良いと思っているのだと思います』

あくまでも俺の補助をする。
確かに、阿僧祇はいつも俺の補助に徹してきたように思える。
余計な事もやらかしてくれていたが・・・

「じゃぁ、なんで今回は自分で戦うとか言い出したんだ？」
『闘技大会は一揆軍の行動に関わりが無いお祭りの様な物。そして、タケトの戦い方では勝てない相手。そう判断したのでしょうね』
「俺じゃ勝てなかったのか？」
『どうでしょうね？ただ、いつもとは違う戦い方をする事が勝利の確率を上げているというのは有り得るでしょうね』

会場に歓声が上がる。
また１人相手が倒れている。
順調にいけば、俺たちのチームが勝つだろう。

『タケト、あなたが弱い訳では無いですよ。確実に力を付け、強くなっています。身体も心も』

サラマンダーの微笑みには、意地悪そうな雰囲気は無い。
本当にそう思っているんだろう。

『ところでタケト？あなたには宿題を出していたのですが・・・覚えていますか？』
「え？・・・宿題って？」
『やはり覚えてないんですね・・・もう良いですわ』
諦めたような溜息をつかれる。
「宿題って何だっけ？教えてくれよ！次はちゃんとやっておくからさ！」
『私に名前を考えてくる事。これが私が出した宿題です。次がいつになるか分かりませんが・・・今度はちゃんと考えておいてくださいね』
サラマンダーの声には明らかに期待感が籠っていない。
俺は慌てた。
「サラマンダー・・・ラマンダ—・・・マサラ？サマー？
・・・サラ・・・サラ！」
急にブツブツ呟きだした俺を不審そうに見ていたサラマンダーが驚いたように俺を見つめ返す。
「お前の名前は『サラ』だ！」
『サラマンダーのサラ・・・ですか。やっつけ仕事感が山盛りですね・・・』

言葉の割には・・・嬉しそうだな。

『まだ試合は終わっていませんよ・・・急げば間にあう』

そういうとサラは姿を消した。
俺は階段を駆け下りてリングを目指した。