「ブランチマン、という名前には聞き覚えがあったのよ。ついこの間思い出したんだけどね」

　皆の集まる攻城戦の直前、あたしはそう切り出した。
　過去の、レーヴェと出会う前——まだ"扉の守護者"となる前の話。
　かつて。
　あたしの恋人だった男が、
　シルヴェスタを旅立つその少し前の話だ。

「同じ人物なのかどうかとは定かではないけどね。確かに、城から来た兵士がその名を口にしていたわよ。『ブランチマン様の指示により、この近隣へと触れ歩いている』……みたいな感じだったかしら」

　城の兵士たちが、シルヴェスタのような小さな村にわざわざ直接出向き、村の者たちに直接声をかけるようなことは殆どない。
　普通は使い走りのような、城下の者がやってくるだけ。
　たとえ城から直接に遣いが来るような事があっても、村長に用件を伝えれば普通はそれで事足りるのだから。

　だから、もう１０年近く前のことであったものの、その出来事を思い出すことができたのだ。


　——いや、そうではない、か。

　彼が村を去るきっかけとなった出来事であったから。
　だからこと、あたしはその時のことを覚えていたんだ。





「……アレックス？」

　レーヴェの声で、現実の時間に引き戻される。
　下から覗き込んでくる妖精の表情は、訝しがるような、不思議に思うようなもの。
　小さく手を振って何でもないわ、と返し、普段の表情を取り戻す。

「まだ、前王の時代だったけど、少なくともその名前の人が昔からある程度の地位にいたことは確実よ。この先、この前の兵士と同じようなその人の部下とか……あるいはその相手そのものが立ちふさがるのは間違いないでしょうね」

「何ともいえない、な」
「情報としてはそれほど有意ではないですね」
「まあ、心構えくらいはできると思うぜ」

　仲間たちはさらりと流した。
　出会って数日、少しは慣れたとはいっても、お互いにまだ相手の心の内までを読めるほどには相手を熟知していない。
　それぞれに違う目的があって集まっていれば尚更だ。

　全てを知っているファズを除けば、この場で最も今のあたしの心の揺れを感じることができるのは。


「……アレックス、他に何か思い出したこととかはありませんか？」


　"導き手"の妖精。
　
　けれど、まだレーヴェは幼いといっていい。
　他人の心の機微を読み取れるほどの経験がないだろう。
　純粋、と言い換えてもいい。
　女王と使命、そして仲間のことに精一杯だ。


　いつか、そう遠くない日に、あたしがこの旅に出た意味を話さなくてはいけない時がくるだろう。
　そのとき、果たしてこの子はあたしの想いを理解できるだろうか？
　

　ふとよぎる考えを追い払い、視界の向こうに広がる城を見る。



　まだ、城は、遠い。

＞アレックス

リアンの足元を何かが駆け抜けた……気がした。

満面の笑みで、嬉しそうにそう答える。

　かわいく見えるという言葉を聞きつけ、クロエは嬉しそうにお辞儀を返した。

　クロエには聞き慣れない単語なのか、不思議そうにアレックスを見上げている。