唐突に声をかけられて俺は思わずビクリとしつつも顔を上げた。怪訝げな表情で覗きこんでくるミクネは小首を傾げている様だった。その隣ではアルコルとステフが、片や茫洋とした何を考えているのか今ひとつ不明な表情で、片や「何やってんの青年」とでも言いたげな呆れを含む表情で俺を見ている。

　今、俺達は、水辺の一角に腰掛けて皆でこれからの行動を話し合っている真っ最中だった。休憩も兼ねてるんで、適当にそれぞれ我らが元気いっぱいなリーダー格（？）が用意してくれた料理なんぞをつまみつつ、だけどな。さっき倒したエビ（ブラックタイガー、とかいう勇ましい名前の種類らしい。行動も勇ましかったが。無駄に）だとか、何時の間にやらどこかで釣ってきたというモノなんかを料理してくれたんだが……。

　何で俺だけ『ヒキガエル』なんつーイロモノ喰う羽目になってるんだろうな？
　いや、美味いがさ……ヘルシーな鶏肉（特にササミとかあの辺り）に似た風味で美味いがさ……。
　……まああまり深く考えるのはよそう。

　しかし、ヤベェ。話を聞きつつ合間合間で日記を書いてたらうっかり聞き逃してた。えぇと、今なんの話をしてたんだったか。思い出せないな。こりゃ素直に謝るべきか……。

　ミクネはやれやれと一度肩を落とすと「ンじゃもう一回説明するッス！」と前置いて一言、高らかに言い放った。

　何だそりゃ、と首を傾げる俺に対して彼女が滔々と語った内容を簡単にまとめると、それは殺伐とした一揆騒動の中にある参加者一同にちょっとした夏の癒やしをという事で海や浜辺付近を中心に行われるという息抜きイベント的な何かであるらしい。息抜きイベント、ねぇ……何てのか、この世界の住人は大らかっつーか何つーか。一応、王様への反乱みたいなもんの最中にゆるいイベント企画する辺り、度胸あるよな。感心しちまったぜ、思わず。

　俺の問いに二人はそれぞれ顔を見合わせた後で肯定の意を返してくる。
　……まあ。若干一名なんか変な主張をしたがっている気もするが、気にしないようにしておいてだな……。

　方針は決まった。
　となれば後は行動あるのみ、ってな。

　……オイ。

　そりゃそうなんだがさ……。

　……スイマセンっした……！！（泣）




　そんなやりとりがあったのが今から数刻前の事になる。
　あの後、俺達は海に来ていた。勿論、俺が足代わりになって空飛んでな……。

　海ねぇ。こうして来てみると、色々と感慨深いものはある。
　実は俺の住んでた所は次元の狭間なんつー狭い場所だから『海』ってシロモノは無かったりする。湖とか泉とか池とか、その程度の規模の水のたまり場はあるんだがね。どうしてもそう大きくもない浮島みたいなのが連なるようにして細々と存在する空間を使ってるもんで、海なんて大きなものは存在しないわけだ。とはいっても、知識としては知っているしこうして妹探しの旅の中でアチコチの世界をめぐる間に実際の海を見たことも何度だってあるんだけどな。


　メルンテーゼの海も知識にあるものや今まで見てきたものと大体同じように、空の蒼が溶け込んだみたいに綺麗なものだった。軽く触れて見れば海水は冷たく、太陽の光で熱を持ち熱くすら感じる砂に焼かれていた身体には気持いいぐらいだ。軽く掌で掬ってペロリと舐めてみれば予想以上にしょっぱい。塩が溶け込んだみたいな味、というのはこのメルンテーゼでも変わらないらしい。

　ふと周囲を見回してみれば、多分一揆の参加者なのだろう者達の姿がチラホラと見受けられる。アイツ等もアレかね。『Summer Vacation』とやらの噂を聞いて集まってきたメンツなんだろうかね。俺達だけだったら恥ずかしいもんだ、とか思ってたが意外と参加者は居そうでちょっとホッとしたのはここだけの話だ。


　何にせよ、折角海に来たんだから多少羽根を広げてくつろぐとするかね。
　そうだな……こう、暑い砂の上で焼かれ続けるのもそろそろ遠慮したいもんだし、ひと泳ぎでもしてくるとするか。

……とか何とか。
切実な表情で訴える青年がいたのだそうな。

安心しました、と胸をなでおろす。

苦笑を浮かべながら、頭を下げる。
両肩に引っ付いたエンブリオ二人も ？ を浮かべながら、同じように頭を下げだした。

ひどい話です、と思い出し笑いを堪えながら、差し出された手に応じる。

人間の手と比べると二回りほども大きい亜竜の手で、クライと握手を交わした。

知識量が極めて少ないので、知識にもある程度貪欲らしい。

スズメは、何度か首をかしげるような仕草をしながら見上げてきた。

急に無口になったかと思えば、どうやら"竜"とは何かを考えていたようだ。

しかも、"竜"の発音が"りゅー"になっていて、少しおかしい。

"り"から始まる言葉を、小さい頭で必死に考えているようだ。

"り"しか合っていない。
もう、どこから突っ込みを入れていいのか迷うレベルである。

　

　

　

　

不意に何かが草むらから飛び出してきた！


一体何者だ。

というよりそもそも人なのか、それとも違う何かなのか？

しかし、深く考えている暇は無い。

このような不測の事態は日常茶飯事。

旅をしていればこのような緊急事態など腐るほど起こる。
冷静に対処することなど朝飯まえだ。

俺はブレーキを全力で踏み込んだ。







バキッ！！

壊れた。

次の瞬間、ベルは車のサイドブレーキを叩き降ろした！

なるほど、サイドブレーキ！そういうのもあるのか！

と、同時にタイガーが危機を察知し自動ブレーキをかけた！

なるほど、AI機能！そういうのもあるのか！

そんな感想を心に浮かべた次の瞬間。
ガクンと身体が前に引っ張られる。


慣性。



急激にスピードを落とした反動は、

俺の身体に全力で襲い掛かり、

俺の身体は座席から引っ張られ、

フロントガラスを突き破り、

空を舞い、

地面に華麗に叩き付けられた。

どさッ








俺は倒れた。

ベルは当たり屋の心配をしている。


俺を心配してくれ俺を。

▼ミクネはクライに"ミクネデリシャス"を手渡した！