これが最期。

そう決めて自決したのがまるで昨日のように思い起こせる。

大樹の陰に揺れ動く陽光に心まで溶かされそうなあの日。

すべての目標を嚥下し、あとは安らかに人生を謳歌するだけになった老人のように。

ゆっくりと腹部に受け入れた刃で、溜め込んだ欺瞞や鬱憤と記憶や感覚、絆や責務を少しずつ流し出していく。

戦いぬくと決めたあの日からのすべてのことが今。

此処から世界へ解き放たれていく。




あぁ。

ごめん、ごめん。私はダメな人間だった。何も残すことが出来ず、何も成し得ず。

先立った者たちへ、どう顔向けしようか。

そんなことを考えながら。ぼんやりと。私が、守りたかったのは。

今まで、守ってきたのは。

人や、王ではなく。

自分と、政治と。あとは何だったのだろうか。

あとは、もう好きにやってくれ。

あぁ、最期に黄金の草原で琥珀色のワインを飲み干したかった。




私の世界が幕降りるその時まで、陽光はいたずらに踊り続けた。














先手を打たれ、倒れ伏したナフコから魔力の供給が途絶えると同時に、私を維持する魔力が希薄になり、再び黒い泥に支配される。

味方とは別行動した矢先に、自分の無力さを思い知る。
守ろうと思った幼子ですら、私の剣は守りきれぬのだ。
そう、かつて何も守れずに敵地の真ん中で自決したあの日。
繰り返すのか。歴史も………自分も………。
泥の私では、あいつらを退けることは敵わぬだろう。
ならば、また…。


「どうすると言うんだい」

「わかっているだろう、その子もお前もまだ死んだわけじゃない」

「まだ見ぬ黄金の草原、お前はいつの日か辿り着くと口にしたではないか」



「この声、忘れもせぬ…　戦友の声…」
もう会えないと、聞けないと思っていた。
不思議と手に力が入った、そんなような気がした。
「オリヴィエ、ローラン、シャルルマーニュ…」
まだ戦える、そんな気がした。
………弱り切った、疲れきった心には、それで十分だった。
「また、借りを作ってしまったな。あぁ、これは大きな借りだ」

黒い泥はもうそこにはない。
燦然たる大いなる意志だけが今ここにある。
騎士の名は、まだ捨てるわけには行かなかった。



「我が名は、ルノー・ド・モントーバン。
　単なる詩人の私だが、英雄と交わした酒と約束だけは違えるには早過ぎる。
　諦めるわけには征かぬのだ。
　そしてこの少女も、また"私の英雄"だ。
　少女と私の英雄譚のため、貴殿には退場してもらおう」

今までにない魔力と鼓動をこの一振りに。
私は初めて"独りでの決戦"に挑んだ。