昔の夢を見た。そして、思い出した。
私が孤児として教会に迎え入れられた理由。
聖騎士に救済として封じられた悪しき記憶。

早朝の鶏の鳴き声と厩舎の草の匂い。
母の焼く大好きなミートパイと父の働く姿。
そして、そこで共に育った一頭の黒い馬。名前はナイト。
それが私の全てだった。








風の音が妙に響く夜、欠けた月が淡く地を照らし、その光が窓から差し込む。
そんなやさしい光を頼りに少年は家の廊下を歩いていた、
お気に入りの絵本を抱きかかえながら。

ふと窓から騒がしい声が聞こえる。
そして、月明かりとは違う赤い光が差し込む。
少年は窓を見るが、少年の小さな身長では空しか見えなかった。
少年はそのまま歩みを進め、階段を降り切るころには、その騒がしさは家の中から聞こえることとなった。
少年はその正体を確認しようとドアの隙間から覗き見た。
すると、武装した三人の男とそれに鍋を片手に立ち向かう母の姿、
そして床に倒れもがいている父の姿が見えた。
少年は息を呑み、その場に立ち尽くす。
そして、ふともがく父と目が合った。
父は左手で腹を押さえ、歯を食いしばりながら、右手を少年に向けて払った。
『逃げろ！』
そう言われた気がして、少年は裏口へ向けて走りはじめた。
物音と悲鳴が聞こえたが、少年は夢中で走り、家の外へ逃げた。
近所の家からも同じく悲鳴が聞こえ、数件からは火の手が上がっていた。
少年は助けを求められる大人がいないことを悟ると親友のいる厩舎を目指して走った。

厩舎の中は物音に興奮した馬の鼻息や鳴き声が響き渡っていた。
そんななか迷わず、少年はナイトをつなぎとめる縄を父の見よう見まねで解いた。
そして叫んだ。

「ナイト助けて！パパとママが襲われてるんだ！」

するとナイトはぶるぶると鼻をならして返事をして、家に向けて走りだした。
少年は慌てて後を追いかける。
そして厩舎を出たところで目にしたのは、体当たりで家の扉を壁ごとで破り貫いて家に入っていくナイトの姿だった。
少年は家に向けて走る。馬の嘶きとぶつかり合う金属音と男の断末魔があがる家に向けて走った。

少年が家にたどり着いたとき、祈るように命乞いをする男がナイトに前足で頭を踏み抜かれる瞬間だった。

床に転がる死体は5つ。
１つ、仰向けに倒れ自らの右手で握った剣が喉に深々と食い込んでいる皮鎧の男。
１つ、壁に背をあ付けるようにして死んでいる酷くへしゃげた胸当てをつけた男。
１つ、今まさに馬に何度も踏みつけら続ける顔の無い男。
１つ、腹から血を流し家の奥に向けて手を伸ばして倒れている寝巻きの男。
１つ、口から血を流している破けた寝巻きの女。

そして、返り血に染まり、赤黒くなったナイトはゆっくりと少年のほうに歩いてきた。
ほぼ全てを失った無力な少年はただぼうっとその場に立ち尽くす。
そんなナイトはそんな少年に一度顔を近づけ、また歩みを進め始めた。
ナイトは厩舎へと帰っていく。
少年は唯一残ったものにすがる様にナイトの後に続いた。
そしてナイトに見守られる中、干草の中で絵本を抱きしめながら眠った。