深雪とユカラのデートは、賑やかな昼食を終えて遊園地へと向かうのだった。
　遊園地の乗り物の事がよく分からないユカラを、先導する深雪が一番最初に連れて行った場所は「ドリームうさぎワールド」というアトラクションだった。
　
　「おぉ、今日は空いてる！ラッキー！いっぱい乗れそうだよ、やったねユカラ！」
　「いっぱいって、こういう乗り物は何度も乗るものなの？」
　「もちろん！一回だけじゃ勿体ないって！すげー面白いんだから！」

　というのは深雪の弁で、シュールなうさぎの顔のついたトロッコで薄暗い室内を徘徊し、世界の民族衣装を着たチープなうさぎの人形が、カクカクと踊る様をただ見てるだけという内容だった。
　一度は退屈ながらも我慢したユカラも、二度三度と立て続けに乗らされるとテンションの高い深雪の態度も相まって、イライラが募ってきた。
　
　「もう十分だろ。何回乗るつもりだよ。」
　
　ユカラは、四度目の入場を図ろうとする深雪の腕を掴んで引き止めた。
　
　「えーっ、まだ三回しか乗ってないじゃん！こんなに空いてるの珍しいんだって！いっぱい乗らないと！」
　「いっぱい乗ったって、別に内容変わらないだろ。こんだけ付き合ったんだから、今度は僕に深雪が付き合う番ね。」


　深雪にはそう言ってみたものの、遊園地のアトラクションの知識が皆無であることをユカラは思いだした。
　とはいえ深雪におすすめを聞いて、うさぎ関連の何かにまた延々と付き合わされるのは御免だった。
　
　「ぐぬぬ。まぁ、でも確かに私の好きなものばっかり乗っててもユカラはツマラナイかー。分かった。んじゃ、次はユカラの行きたい所に行こう。」
　
　後ろ髪引かれるように、何度も「ドリームうさぎワールド」を振り返る深雪。
　ユカラは入り口で貰った遊園地のＭＡＰを広げると、興味の湧きそうなアトラクションを探したが、特に乗りたいものは見つからなかった。
　気になるものといえば、深雪が嫌だと言ってたお化け屋敷ぐらいだ。
　
　「ん、決まった。それじゃ、僕が選んでいいんだね。深雪は、あとで文句言うなよ？」　
　「うん。文句は言わないけど、お化け屋敷だけはかんべんだからね。ほんとダメだから。」

　ユカラの後をついてくる深雪は、ふと目の前にある建物を見て足を止めた。

　「待って。ねぇ、待って。何でお化け屋敷に近づいてんの！？ダメだっていってるでしょ！」
　「知的好奇心がうずく。深雪がどれくらいダメなのか見てみたい。」
　
　ユカラの返事に、深雪の顔はみるみる青ざめた。
　
　「ユカラのアホ！女の子のダメは、ＯＫとかそういうダメじゃねーから！本当にダメなんだって！わっ、掴むなアホー！ダメだって言ってんだろコルァ！」

　散歩したくない犬のように硬直する深雪の腕をずるずると引っ張って、ユカラはお化け屋敷の前に辿り着いた。

　「サクラさんだって苦手とは言ってたけど、兄様と一緒に入って出てきたんだから大丈夫だよ。もし、深雪が動けなくなったらちゃんと引き摺って持ってくるから。」
　「そーゆーレベルじゃねぇってゆーの！なんでこういう時に無駄に男らしいんだよぉ！？おねがい……見逃してつかあさぃ。」
　
　涙目になって拝む深雪に、ユカラは首を縦にコクリと傾けた。
　
「分かった。そこまで言うのなら一回だけで勘弁するよ。さ、行くよ。」
　
　深雪が返事をする前に、ユカラは深雪の腕を引っ張ってお化け屋敷の中へと入っていった。

　
　—数分後。

　「……悪かった。」

　魂の抜け出たようなの姿の深雪が、ベンチに寝そべっているのを見守りながらユカラは素直に謝った。
　
　「……だから言ったでしょ。ダメだって。」

　焦点の合わない目で空を仰ぎながら、弱ってる金魚のように口をパクパクと開く深雪。
　お化け屋敷に入ってからの深雪の錯乱っぷりは狂気で、お化けに絶叫しながら攻撃魔法を唱えようとする姿は悪魔に取り憑かれた魔女のようだった。
　セットどころか建物を壊しかねない暴れっぷりに、ユカラとゾンビの従業員が総出となって深雪を取り押さえて非常口から強制退出させた。

　「あのままいってたら、深雪が魔法ぶっ放して死人が出たかもしれない。ゾンビ役の従業員さんに感謝しないと。」
　「私も、ゾンビに囲まれて『大丈夫です！生きてますから安心して下さい！』って言われるとは、思ってもみなかったよ。」
　
　眼の焦点があってきた深雪は、ユカラが買ってきたジュースを受け取ると、叫びすぎてガラガラな喉を潤した。
　
　「もう、お化け屋敷とか金輪際ダメだからね。十分、分かったでしょ？」
　「うん。僕も深雪がダメって言ったことは、もう無理強いしない。ごめん。怒ってる？」
　
　顔色を覗きこもうとするユカラの視線を逸らして、深雪はそっぽを向きながらも返事をした。

　「別に……最初から、怒ってないし。私も最初にユカラに付き合ってもらったから、お相子でいいよ。」
　「そう？ありがとう。それじゃ、お相子で。次はどうしようか？僕は、特に行きたいところはないけど。」

　ＭＡＰを開きながら次に行く場所を探していると、遊園地に来たのに爽快感のある乗り物に乗ってないことを深雪は思いだした。
　
　「そういえば、絶叫系マシーンに乗ってないね。ユカラは、ジェットコースターとか大丈夫？まぁ、なんか大丈夫そうだよね。」
　「遊園地に来るのが初めてだから、大丈夫って聞かれても返事に困る。でも、深雪が乗れるなら、僕も大丈夫だとは思う。」

　だいぶ顔色の良くなった深雪は立ち上がると、目の前に見える大きなジェットコースターを指さした。
　
　「あーゆーやつだよ。何か面白そうでしょ？」

　うねり狂うレールを縦横無尽に駆け抜けるジェットコースターを眺めたユカラは、深雪の言葉にコクリと頷いた。
　
　「確かに面白そうだ。ジェットコースターに乗ってみよう。」

　意気投合した二人は、ジェットコースターやフリーフォール等に乗って、スリルある無重力体験を心ゆくまで楽しんだ。
　絶叫マシンの次は、ゴーカートでカーチェイスをしたり、回るコーヒーカップを更に回して超遠心力で磔状態になったり、思う存分アトラクションを味わった。

　「やー、楽しかったー！最初からこういうのに乗ってれば良かったねー」
　「うん。楽しかったし、気持よかった。こういうのなら、また乗ってみたいな。」　

　ひと通りの乗り物を乗り終えると、日が傾き始める程の時間が経っていた。
　
　「げ、やばい。夜になると、イルミネーションパレードがあるんだよねー。その頃になると人が混んでくるから、そろそろ出ないと。」
　「どうして？イルミネーションパレードは見ていかないの？」

　首を傾げるユカラに、深雪は苦笑いをしながら、こめかみ辺りを指でぽりぽりと掻いた。

　「あー、いや。コレから教会のイルミネーション見に行くじゃない？そっちより、こっちの方が豪華だから目が肥えちゃうかなって。」
　「つまり、どういう事？教会のイルミネーションは大したことないの？」
　「そーゆー意味じゃなくて、印象ががまた違うというか……とにかく、あんまり人混みとかユカラも好きじゃないでしょ？騒がしくない所に行こうよ。」
　
　袖を引っ張る深雪に、ユカラは釈然としない様子ながらも頷いた。

　「確かに、騒がしくなるのは嫌かな。教会が本格的に雪が降ってくる前に、行っておいたほうがいいんじゃない？」

　ユカラが夜空を見上げて手を差し出すと、綿のような白いものが手のひらにポツリと舞い降りてきた。

　「あっ、雪。うんだね。ホワイトクリスマスは綺麗だけど、あんまり積もると帰るの大変だよね。そろそろ教会行こう。」
　
　深雪は白い息を吐きながら両手の指先を温めると、高台にある教会へと歩き出した。
　高台の教会は街からかなり離れた所にあり、教会へ至る道の急な勾配の坂は雪がうっすらと積もり始めていた。

　「え、ここ登るの？帰りたくなってきた。」
　「デートコースに選んだのは深雪じゃないか。弱音吐いてどうすんだよ。」
　「私の計画では、教会のイルミネーション眺めてる頃に雪が降る予定だったんだよ。あー、でもうさぎさんの植木見たいから頑張るかー」
　「把握はしてたけど、深雪の頭の中はうさぎの事でいっぱいなんだな。」

　教会選んだのも、うさぎ絡みだったことを知り、ユカラは深雪に生温かい笑みを浮かべた。
　深雪が持ってきたランプで暗くなった足元を照らして、坂道を登ってゆく。
　肩や頭にも積もってゆく雪を、お互いに払いながら二人は黙々と雪道を進んだ。
　途中で何度か深雪が転びそうになったが、その度に素早くユカラが支えたお陰で、深雪は服を濡らさずにすんだ。
　
　「やったー！教会まで着いたー！転ばなくて良かったよ、ユカラありがとー！」
　「どういたしまして。転びそうだなって思う所で案の定滑ってたから、支えるのは楽だったよ。」
　「なんかそれ、私がお笑い芸人みたいに聞こえるんだけど。ま、いいや。この先が教会だよ。」

　深雪が指をさすと、少し先にある建物が遠くからでも見える、淡い光を放っていた。
　
　「教会の壁自体が光ってる？魔法か何かかな。」
　「うん。クリスマスの時だけ、教会の建物自体に光の魔法をかけるんだって。白い壁がぼわーって光って幻想的でしょ？」
　
　深雪はランプを消してバッグに仕舞うと、教会の方へ雪の足跡のついている場所を選びながら、ぴょんぴょんと飛び移った。
　その光景を後ろからついて行くと、深雪が狩りで追っかけているうさぎに見えてきて、ユカラは何となく可笑しくなった。
　教会の入口では若い修道女が雪かきをしていて、ユカラ達と目が合うと作業を止めて挨拶をしてくれた。

　「遠くから来て頂いて、ありがとうございます。ゆっくりしていってくださいね。」
　「えへへ、ありがとうございます。去年見た時に綺麗だったんで、今年も来ちゃいました。」

　深雪は修道女と軽い挨拶を交わした後、ユカラを教会の庭の方へと案内した。
　庭には、犬や猫、ペンギン等。いろいろな動物の形をした植木がランタンを持って立っていた。
　
　「動物の形に木をカットしてるんだね。ランタンを持って、なんだか生きてるみたいに見える。」
　「そうなんだよー。トピアリーっていって、時間をかけて刈りこんで動物の形にするんだって。お昼に見に来ても、結構面白いんだよ。」
　
　深雪は小熊猫さんから聞いた、うろ覚えの動物のうんちくをユカラに自慢気に解説しながら庭を回って行った。
　付け焼き刃の深雪の動物知識が、狩りで野生の動物を相手しているユカラに敵うわけはなく、所々的確なツッコミを入れられるうちに深雪は涙目になっていた。

　「もう、いい。ユカラが案内してよ。どうせ、私のガイドは間違ってばっかだし。」
　「僕は初めて来た場所なんだから、無茶言うなよ。あと、なんで泣くんだよ。」
　「だって、ユカラが容赦無いから。」
　「分かった、疲れて眠いんだな。そこにベンチがあるし休憩しようか。」

　うさぎの植木の隣にあるベンチの雪をユカラは払うと、深雪の腕を引き寄せて隣に座らせた。

　「私はお子様かー！？あっ、でもうさぎさんが見える所で休むのは賛成！少し、休憩しよー♪」

　たちまち機嫌の良くなった深雪に、やっぱりお子様じゃないかとユカラは言おうかと思ったが、また機嫌が悪くなるのも面倒なので黙っていることにした。
　
　「動かないと、少し冷えるな。少し休んだら、移動しよう。」
　　
　ユカラが、まだチラチラと降る雪を見上げながら話しかけると、深雪はバッグの中から魔法瓶を取り出して、ユカラにカップを渡した。

　「えへへ。外は寒いと思って、前もって準備しておいたんだよね。あったかい紅茶だよ。」

　魔法瓶から温かい紅茶がカップに注がれると、芳ばしい香りの湯気があたりに広がった。
　
　「まさか、あったかい飲みものがここで飲めるとは思わなかったよ。ありがとう、深雪。」
　　
　目を細めて紅茶を啜るユカラに、深雪はもう一つのカップに注いだ紅茶で手を温めながらニッコリと微笑んだ。

　「まぁねー。経験が生きたよ。去年は寒い思いして風邪引くとこだったから。」
　
　幸せそうにうさぎの植木を眺めながら、紅茶を啜る深雪。
　それから暫く二人は、ベンチに腰掛けながら無言で降り積もる雪をただ眺めていた。

　—まさかの三部作。完結編へ続く!