普段から宿で顔を合わせているノウァに、折り入って話したい事があると言われて、近くの寂れた公園で待ち合わせする事になった。
　こんな人気の少ない場所に呼び出して、改めて話をするという事は良い話である筈がない。
　借金の相談とか、ストーカーに狙われてるとか、悪魔狩りがやってくるとかそんな話なのだろかと想像を巡らせながら、コートにマフラーという寒さへの完全防備で公園へ向かった。
　遊具も花壇もろくに無い寂れた公園だけに、案の定ひとっ子ひとり見当たらない。
　辺りの木に、やたらと留まっているカラスの声を不気味に感じながら、待ち合わせのベンチの前までやってきた。
　わりと寒そうな格好でベンチに座っていたノウァは、私に気づくと立ち上がって懐中時計を見ながら不機嫌そうな表情になった。

　「遅いわね。十分遅刻よ。これがデートの待ち合わせだったら、先に帰ってるところだったわ。」
　「ごめんねー。でも、三分って誤差じゃねぇの？ほら、宮本武蔵の兵法に……。」
　「言い訳なんて、聞きたくもないわ。まぁ、呼び出したのは私の方だから、来ただけ良しとするけど。」

　ノウァは懐中時計を懐にしまうと、腰に手をあてながら波紋使いみたいなポーズをした。

　「あのね、深雪。悪いけど、パーティから抜けさせてもらうわ。私には、やらなきゃいけない事が出来たの。宿の部屋は、深雪がそのまま使っていいわ。店のマスターには宿代先払いしてあるから、暫くは大丈夫よ。」
　「えっ、何で？ いつ戻ってくるの？うさぎ先生はどうなるの？」
　「さぁ……ね。戻ってこないかもしれないし、深雪はそういう事を心配する事もなくなると思うわ。ニールは勿論私と一緒だけど、まさか『うさぎ先生は私のモノだから勝手に連れてくな。』とか言わないわよね？」
　
　ノウァが、ジト目で呆れたように見詰めた。
　
　「それじゃ、もう会えないかもしれないんでしょ？急に言われても、私だって心の整理がつかないよ。第一、うさぎ先生は、私にとって空気みたいな存在だから、居なくなったら生きていけないよ！」
　
　私がノウァに言い寄ろうとすると、ノウァはそれを制するように前に手を突き出した。

　「理由を話すと長くなるから端折るつもりだったけど、流石に納得してくれそうにないわね。あのね、私は大事な約束を思い出したの。それを果たしに行かなければならない。私の動きが、今の深雪の意にそぐわないかもしれないけど、結果的にはあなたの為にもなる事。じっくり話せば、分かってくれるかもしれないけど、もう時間が無いわ。あと、深雪にはFPが居るでしょ。ニール一人居ないぐらいで、死なないから大丈夫よ。」
　「ノウァの言ってる事。抽象的すぎて、何言ってるのか全然分かんないんだけど。それって、もしかして兵庫さんの霊圧がさっき消えた事にも関係してるの？何かヤバい事件に巻き込まれたりしてるんじゃない？そんなの、放っておけないよ。」
　
　私がノウァの袖を引っ張ると、ノウァがそれを振り払って後退った。

　「兵庫さんが？そう……もう、始まっているのね。それなら余計に説明している時間がないわね、急がないと。深雪、お別れよ。サヨナラ。」
　「えっ、兵庫さんの事なんか知ってるの！？それなら教えてよ！勝手に話を終わらすなぁ！？」
　
　私の叫びも虚しく、ノウァの身体は割れたガラスのように砕け散って消えた。

　ノウァが自分の部屋で鏡面世界を解くと、部屋の壁に寄り掛かっていたうさぎ先生が身を起こした。

　「深雪との別れは済ませたのか？」
　「ええ、全然納得してくれなかったけど。どうせ、理解してもらおうとは思ってなかったからいいわ。それでも、黙って消えるよりは混乱しないでしょ。」
　「割りと律儀なんだな。うむ、それでは行くか。」

　ノウァは頷くと、移送鏡に手をあててオリフィアの待つ地をイメージした。
　鏡はイメージに呼応するように輝き初めると、鏡に溶け込むようにノウァの姿とうさぎ先生の姿が消えた。
　同時に、移送鏡も霧のようにかき消えて、部屋には誰も居なくなった。
　此処とは違う別の世界に鏡と一緒に転送されたノウァは、心の整理をつけるように深く深呼吸をした。

　「じゃあ、行きましょうか。私が着く頃にはオリフィアが粗方終らせてると思うけど。私は移送鏡を届けるのが目的だし、鏡を守るのが優先ね。ニールは念の為に、先にオリフィアの所へ行ってて。」
　「了解した。先に、行ってくる。」

　うさぎ先生は負ぶさった私に気づく事なく、ノウァの元を走り去った。

　「って、ちょっと待てぇぇえええええ！？何で深雪背負ってんじゃぁあああああ！？」
　
　テヘペロと舌を出す私に、ノウァがすごい怖い顔で睨んできたけど時既に遅し。
　重そうな移送鏡を抱えて追いかけるノウァが、うさぎ先生に追いつくはずもなく、私とうさぎ先生は遥か彼女の彼方を駆け抜けていくのだった。