がしゃり——　がしゃり——


　金属がこすれ合うような甲高い異音を発しながら、威風堂々たる西洋甲冑が“人形使い”の眼前に仁王立つ。
　手には方形の大盾を携え、もう一方の手に握られるべき騎士剣はその腰に収められたままである。

　直立不動の鎧姿を、その周囲を回り歩きながら不審げに眺める“人形使い”。
　時折り甲冑の表面を撫でるようになぞったり、数歩離れて警戒心も露わにじっと観察してみたり。
　つい先程、己の携える大鞄から這い出した『人形』であるそれに対して、あまりにも挙動不審な様子ではあった。


　注意深く見てみれば、不動直立の甲冑、その装甲のところどころに「欠損」と思しき空白部分がある。
　損傷したというには不自然なほど、ぽっかりとそこのパーツだけ「欠落」したかのように、無い。
　右肩や左膝の装甲があるはずの部分は下の帷子が剥き出し。
　首を防護する襟飾りは、左半分が完全に欠け落ち。
　右の二の腕、左脚脹脛にも本来の装甲がなく、代わりに白い布が巻き付けられている。
　腰や背中などにもところどころ虫食いのように空いている欠損は軒並み布で埋められており、まともに完全な形を保っているのは頭部を構成する兜のみ——といった有様だった。


　（……頼まれたのは、戦闘用の防具調整だったはずだが。
　　それなりに金の掛かる仕事で、わざわざ飾りもンを修理する必要は無かろう？）


　[軍曹]——同行者である[仔犬]の随伴者、あるいは上司、またあるいは『主人』。
　“人形使い”ほどではないにせよ、一行の中では充分に複雑な立ち位置を占める彼が、先だってこの甲冑姿の『人形』に対して放った台詞であった。

　装備を整えて敵性勢力への備えをする、という目的から一見程遠いその作業。
　最終的に請け負うてもらうには無論、実践を含め納得してもらうだけの『対価』を少なからず支払うことになった。それは、別段懐を痛めるような類のものでないにせよ。


　「仕方なかったとはいえ、“再調整前”のこれを動かす羽目になるなんて！
　　久しぶりにずいぶんと骨を折りましたわぁ」


　愚痴めいた独り言を甲冑に向けてひとしきり垂れ流したのち、“人形使い”が何かを横切らせるように両手を目の前でさっ、と振る。
　その動きとほぼ同期して、それまで直立不動を保っていた甲冑人形が、関節をわずかにきしませながらゆっくりと歩き出した。
　見た目の重厚な佇まいに忠実に、機敏とはとても言えない程度の歩み。


　否——
　唐突に、それまで着実な歩を進めていた甲冑人形が、地を抉るような踏み込みと共に跳躍した。
　己の身長ほども跳び上がり、背を向けていた“人形使い”のすぐ眼前に着地——足元の土に深々と足跡を刻みながら、彼女を庇うように大盾を掲げ上げて防御の姿勢を取る。
　その急激な変化に、しかし特段の反応を示すでもなく……“人形使い”は、煩わしげに溜息をつくと、白い手袋に包まれた手指を難儀そうに軽く振った。

　「やはり、まだ『馴染む』までには時間が必要そうですわねぇ。
　　できればこの“白騎士”は温存しておきたかったのですけれど……」

　言いながら、手に提げた小さなポーチをぱちりと開く。
　静かにそこから取り出したのは、黒い鉄片——漆黒の短刀が一振り。
　握り部分に狼の頭部を拵えたそれは、まるで闇の気配を噴き零すかのように——いや、実際に闇色の霧のような何かを風に交えてゆらりと噴き上げる、この世の物とは思えぬ禍々しい装具だった。

　それを取り出したのは一瞬——様子を確認しただけ、といった風情ですぐに短刀をしまい込む。

　「——それでも、“こちら”には代えられませんわねぇ。
　　今のわたくしでは、“黒騎士”を再生させてなお御する自信はありませんもの。
　　せめて、この“白”を使い切れる程度には回復しておきたいものですわ」

　そう呟く“人形使い”の視線が、甲冑人形の腰に提げられた『騎士剣』に留まる。


　「……もしも“蒼”が抜かれるような事態に陥ったとしても。
　　“黒騎士”を解放してしまうよりは、よほど平和ですものね！
　　ああ、こわいこわい」


　そう嘯く“人形使い”の表情は、先程までの愚痴めいた独白からは一変して──言葉とも裏腹に、無邪気な微笑みを湛えていた。
　まるで……自らの言う『事態』とやらを、心待ちに歓迎でもしているかのように──。