「ぼく」の日記

砂地に来ました。正直、後悔しています。熱いです。溶けそうです。溶けます。
先日、平原で出会った怪しいおじさんを見てから、砂地に行くことに決まりました。
決めては、おじさんが抱えていたあかちゃんだったと思います。
あれは、あぶない。あぶないというか、もうだめというか、少なくともきわどいところで。
真面目なこと言ってるのに、いろいろ台無しでした。
というか一番最後の一言もすごくて、もうなんというか、だめでした。だめです。

だめだろう、ということになって、どこにいくかという話になったのですけど
せっかくあついのだから、あつそうなところに行ってみようとか、だれがいったのか
……今思えば、あたまがふっとうしているとしか思えない理屈なんですけど
あたまがふっとうしていたからか、なんだかその話が、みりょくてきに思えてきて
結局なんやかんやあって、砂地に来てしまっていたのです。
誰がそんなていあんをしたのかというと、久しぶりにふらりと来ていた「どうけし」さんなのでした。

『いやあ暑いね、とても暑い、暑くて暑くてたまらないね。
　しかしこういう暑いときだからこそ、より暑いところへ行くのが良いのではないかな？
　暑いという感覚は相対的なものであるからより暑いところへ行った後に戻ってくれば
　相対的に暑さを感じなくなるという効能もあるし何より暑いときに暑いところへ行けば
　その暑さをより堪能できるという訳だよ素晴らしいではないか素晴らしいねいや素晴らしい
　というわけで暑いところへいきたまえ暑さと戯れたまえ諸君は夏の申し子エンドレスネバーサマーズ
　……なんだか粘着質な感じがするね？』

どちらかといえばそのしゃべりかたの方が粘着質っぽかったですけど。
まあ、来てしまったものはしょうがないので、せっかくですしマイペースに移動しようとおもいます。


「ええじゃないか」は元気です。いつも元気ですけど、これだけ暑くても平然と踊っていられるのは、すごいと思います。
よくよく見てみると、汗はしっかりとかいているみたいです。
熱中症が心配されるさっこん、「ええじゃないか」はどうやって水分をとっているのでしょうか。
答えはかんたん。「かみさま」がくばっているのです。みずのはいったひしゃくをもって、あっちへいったりこっちへいったり。
みずそのものは、どこからともなくわきだしてきているようで、そこはさすが「かみさま」というところなんですが。
なんで、みずをくばるところは肉体ろうどうなんでしょうか？
ふだん踊っているときもいそがしそうですけど、今日はとくにいそがしそうです。だいたい三倍速ぐらいになってます。
「かみさま」は、「かみさま」なんだから、もっとかんたんな方法があるんじゃないかな？とおもったりするのですけど。
いまのところは、ちからわざで問題を解決されているようです。ふしぎですね。
でもまあ、「かみさま」自身は汗もかいてないし、かおもいつもどおりわらっているので、きっとなんでもないことなんでしょう。

あるいてもあるいても、周りの風景が変わらないというのは、なかなかつらいもので。
じりじりと照りつける太陽の暑さに、ぼくはすっかりやられてしまったのでしょうか。
ひさしぶりに、昔の、ゆめをみたのでした。
ゆめというよりは、昔の出来事を、思い出したといった方が、いいのかもしれません。
ぼくたちが住んでいた村は、とてもとても、とても小さい村でした。
とてもとても、とてもせまい村だったからでしょうか。なんだかとても、いきぐるしくて。
王様みたいな長老が、暴君みたいな寄り合い衆をあやつって、ほかのみんなをしはいしている。
そんなよくある、ふつうの、村でした。すくなくともぼくは、そう言われて、そうして育ってきたのです。
よくあるふつうの村で、よくあってほしくはないけどよくあるふつうの出来事の一つに、かんばつがありました。
こんな太陽が照りつける日が続いて、雨が一切降らなくて、地面も空気も、魚取り沼も周りの森も。
みんなみんながひからびて。たべるものまでひからびて。しなしなになってしまうのです。
しなしなになってしまうと、ぼくたちのこころまで、おなじように、しなしなと弱ってしまったものでした。
そんなことを、思い出して。それから先のことは、思い出したくなくて。
ぼくはむりやり、目を開きました。
ゆめをみていると、わかってさえいれば。目を開くことで、ゆめからにげることができます。
そう、ぼくは。むかしも、いまも、いつだって。にげている。
にげて、いるんです。

そしていまこのときだって、にげたいと思っているんです。
目を開いたらすぐさま、「ええじゃないか」に四方八方かこまれて見つめられていたら
きっとだれだって、にげたくなるんじゃないかなって、思います。
すごくこわかったです。
まだゆめのなかのほうがましかもしれません。……なんて、じょうだんですけどね。

べつに、「ええじゃないか」も、悪意があってぼくをとりかこんでいたわけでなく。
（「ええじゃないか」に悪意なんて、あったためしがないので、言うまでもないことなんですけど）
周りを見てみると、いつのまにか、砂地の生き物たちに、かこまれてしまっているようでした。
らくだと、カニと、ドラゴン。
……うーん、きょうつうする点が、みあたらないです。
なんにせよ、「ええじゃないか」がぼくをまもってくれていたのはまちがいないみたいで。
ただ踊ってるだけじゃないんだなあと、少しおどろきました。
おどろいたのよりもずっとずっと、うれしい気持ちの方が、大きかったですけど、ね。



・「教授」の日記
「ええじゃないか」には、私以外にも数人、行動を共にする者達がいる。
すでに述べたように、「ええじゃないか」に直接影響を及ぼすような原因は排除しておきたいところだが
私にはそれを可能とする手段が存在しない。ゆえに、ここで彼等がどのような影響を及ぼしうるのか、
不測の事態の際に把握しやすくするため、記載しておくことにする。

まずは「ぼく」と名乗る少年。彼は「ええじゃないか」の発生を見届けながら、「ええじゃないか」に取り込まれなかった
希少な例である。見た目は子どもだが、かなり精神面で強い部分が見られる。
もし彼が見た目通りの年齢層であるならば、あの落ち着きようは半ば異常だとさえ言える。
「ええじゃないか」による影響かとも考えたが、「ええじゃないか」が外部に影響を与える要素は今のところ見られないため、
異なる理由によるものと判断できる。
なんにせよ、「ええじゃないか」発生前の人々を知る唯一の人間であり、彼からの証言は研究への貢献度も高い。
恩を売っておいて損はない人物だと言えよう。

次に「道化師」を名乗る存在。あれはおそらく、人間ではない。何らかのオカルトじみた現象であると推測される。
神出鬼没であり、ふらふらと現れてはふらふらと消える。常に「ええじゃないか」と共にある訳ではないが、
だからといってどこかに行ってしまっているという訳でもない。
それで無害ならともかく、積極的に「ええじゃないか」に干渉しているため、私の目算が崩れる可能性がある。
常に注意しておくことが重要。可能ならば、やつに好きなように行動させないようにしたい。いや、しなければならない。
今回、平原から砂地へ移動先を変更した件にもこいつが関わっていると聞いた。
その程度なら問題はないだろうが、今後同様にちょっかいを出すようであれば、その時は私も少し動くべきだろう。

最後に、極めて最近になって、「ええじゃないか」と組んで動くようになった、一揆参加者達。
彼等は他に目的があり、積極的に「ええじゃないか」に影響を及ぼすことはほぼないだろうと判断。


結論、「道化師」の動向に注意する必要があるという見解は思考前と一致。
それに加え、「ぼく」がたびたび話をしてくれる「かみさま」という存在についても一考する必要がある。
……ただし、私にはそれを視認することはできない。そういった意味では、「道化師」に近い存在だと推測することはできる。
「ええじゃないか」の一部にしか確認できないものなのかもしれないし、「ぼく」の精神的瑕疵による幻覚が生み出したものなのかもしれない。判断材料が少なすぎる。
現状では「ええじゃないか」を構築するシステムについて早急に判断するのは危険であると判断。
傍観を継続するとしよう。