自分が何処から来て何処に行くのか。
ヒルダが見せたあの夢を見てからオレはそんな事を考える様になった。


夢は多分ヒルダの視点であったのだろう。俺が見たのはヒルダと共に行動していたと思われる
カラクリ仕掛けの少女（とある世界ではアンドロイド、ドロイド等と呼ばれるカラクリ人形だ）
と狐の面を被った小さな少年だ。

仲間でありながらお互いの事は殆ど語らぬままで、黙々と戦い続けていた３人。
あの３人はその後どうなってしまったのだろうか？

いつもなら他人の事等気にしないが、うち１人であるヒルダが獣として今ここにいる事を考えると
少しばかり気になった。

あの夢の中でヒルダは獣ではなかったからだ。

ヒルダの視点でしか見ていないので自身（ヒルダ）の顔は見る事はなかったが、戦いの時に武器を
持つ手を見た限りあの世界ではヒルダはオレと同じ人間族だったと思う。
世界を渡る事の代償で人ではなくなったのか？　それとも…


「世界を渡る術を持つ者はそう多くはないのじゃよ…」

獅子の名を持つ爺さんの言葉を思い出す。

「何の苦もなく世界を渡る者もおるが、何かの力を借りたりする者が圧倒的に多いかのぅ」

その世界によりその手助けとなる方法は違う。科学と言うものがずば抜けて発達した世界では
【時空移転装置】とかいうカラクリを使うし、魔法が発達した世界では【転移魔法】という術を
使う。後は世界と世界の間に存在する【狭間の世】に生息する生物と何らかの契約を結びその力を
借りるとか。
世界同士が干渉しあう事で生まれる歪みやら何やらの力を利用して転移するヤツもいるらしい。

「たまに単独で世界を渡る者もおるが、何の差し障りのないままひょいひょいと世界を渡るヤツは
　そうおらんな。　ルプス、おぬしは相当の変わり者よ」

酒盃を交わしながら、爺さんは呵々と笑いオレの顔を見た。


そうだな。
何かしら代償を背負っているというのなら…オレの代償はそこに居た事を忘れ去られてしまう事かも
知れない。
今まで何処かの世界で関わってきた誰もがオレの事等覚えてはいない。
そしてオレ自身も自分の過去の事は覚えていない。
『ルプス』として世界を渡っている時の事しか記憶にないのだ。　
何処で生まれたのか、両親は誰なのか、家族はいたのか…そういう部分は全部頭の中から抜け落ちた
ままで、自分が何歳なのかも正直分からない。


「まぁ　気ままでいいんだけどな」

どこまで行っても独り。どっちを向いても独り。
いや、狭間にいるヤツだけはオレの事覚えてるよな。　まぁ滅多に出合わねぇけど。

何にも考えなければ自分に記憶がない事等は気にならない。
大事な存在ってのを作ろうと思わなければ…さして問題は無いからだ。　

「その時その時楽しめればそれで良いやな。　何もかも全ての事柄に永遠等ないのだから」


俺の言葉をきいたからかヒルダが悲しげな声で鳴いた。

「おいおい、なんでお前が…」





オレはエンブリオが泣くとは思わなかった。
まるでヒトと同じ様に、悲しげに。
声こそ出してはいなかったが、ヒルダの口が動いていた。

《Простите!》




…何故ヒルダがそんな事を言うのか。
オレには全く訳が分からなかった。

グレンは僅かに驚いた表情を浮かべ

ルプスの言葉に僅か反応が遅れて

少女はくすくすと笑いながらルプスと話していた。
そこには時折見せる様な悲しさは無く、歳相応の少女そのものだった。

しかし———ある言葉を聞いた時に少女は顔を強張らせた。

　
しかし、少女はそこで言葉を飲み込み、俯いた。

『じゃあっ———自然の作ったものじゃない今の私は……どれだけ醜いんでしょうか……。』

　
そうして、彼女は切り替える。何時もの様に。

　
そう言って少女は頭を下げた。
そこには僅かに影はあったけれど、不自然では無い筈だった。