◆第4話　傭兵（後編）◆


黒服を踏み台に舞い降りた美女は、特徴的な赤毛を風にゆらしてリーダー格の男に銃口を突きつける。
余裕の表情を浮かべたまま、お互いの隙を伺い対峙する二人。
緊迫した空気が場を支配する中、スラントは隣で同じように立ち尽くす教授を肘で突いた。

アスタリスクの言葉に従い、痛みに悶え苦しむ黒服を見やると、苦痛に耐えるように撃たれた場所を抑えているが、そこにふと違和感が走った。
本来あるべき出血が見当たらなかったのだ。
代わりに一様に不可思議な痙攣していた。

こんな時ばかりは天才と称えられるアスタリスク教授の洞察力に感嘆する。
数々の賞を受賞し、独自の研究で世界をリードする教授の才覚は、どう間違ったのか変態方面に向いてはいる。しかし、正しいことに使われれば人様の為になるだけのものではあるのだ。

そこでアスタリスクは脇を見る。
これから起こるであろう戦闘を前に、鳴丸は目を見開いて硬直したまま動かなくなっていた。

リーダー格の男が拳を構え、腰を落とした。
姿が一瞬霞んだがかと思えば、目にもとまらぬ速さで距離を詰め、移動速度を乗せたボディブローが放たれる。

咄嗟に銃のグリップを拳と腹の間に滑り込ませる赤毛の女。
しかしそんなことはお構いなしに、振りぬかれた拳は女を軽々と弾き飛ばした。

激しい音を立てて酒場の壁に打ち付けられる。
間を置かず、再び一瞬で距離を詰めた黒服は、壁から剥がれ落ちるように崩れる女目がけて拳を振り上げた。
あわや女の顔面に拳が命中というところで、しかし割り込んで来た人物によって受け止められる。
サングラスの奥で黒服の瞳が細められた。

横から飛び込み、腕を重ねて拳を受け止めたのは、先ほどまで彫像の様に動かなかった鳴丸君、その人だった。
恐怖を瞳に浮かべながらも、必死にサングラスの男を見返す鳴丸。
何が何でも引かない男の決意がそこにはあった。

黒服の男は拳を引く動作と同時にローキックを放って鳴丸の体制を崩す。続いて流れるように首筋を刈り取るようなハイキックを放った。
しかし鳴丸は重いローキックに痺れた足を強引に踏み出し、キックを受ける位置を前方にずらしてハイキックの威力を減少させる。
見事に、受け止めた。

さらに踏み込み、黒服へと掴みかかる鳴丸。
必殺を狙って放たれたハイキックを防がれ、反応が遅れるグラサン男に、鳴丸が肉薄する。

足技の弱点である超近距離へと詰めた鳴丸は、逆にバランスを崩したサングラス男の胸倉を掴み、そのまま男を引き寄せた。
そして、自身の頭を大きく振り上げる。

グラサン男の額に盛大なヘッドパットが炸裂した。

さらにヘッドパット。

脳震盪を起こしたのか、数歩後退したサングラス男を再び掴んで引き寄せ、今度は腹に膝を入れる。
勢い良く膝を入れること３度。今度は掴んだ手を放し、ふらふらと下がったグラサン男の顔面目がけて蹴り上げる。

渾身の蹴りは、しかし冷静にはたいて逸らしたグラサン男によって空振りに終わる。グラサン男は素早く身を沈めて片手を地面に付くと、低い姿勢から鳴丸の軸足を蹴りつけた。

続いて派手に転んだ鳴丸へと距離を詰め、腹をボールのように蹴り飛ばした。

蹴られて宙に舞った鳴丸は、肩から地面にぶつかり、もんどりうって倒れ込む。

止めにと顔面を蹴りつけようと構える男。
そこに紫電の弾が飛来する。

魔銃から次々と放たれる紫電の弾を瞬間移動でもしているかのように交わして見せるグラサン男。
弾道を見切って避け、徐々に距離を取って後退していく。

アスタリスクが指を鳴らすと突然地面から槍のように尖った蔦が飛び出し、サングラスの男へと迫る。
飛び退って交わした男の足に蔦が巻き付き、地面に縫い付けた。
蔦に生えた棘が男の足にに小さな裂傷を与える。

見れば教授のズボンの足先から縄が飛び出て、地面へと突き刺さっている。

言って逃げ出す赤毛の女に続いて、最低の微笑みを浮かべたアスタリスクが走り去る。

蹴られた腹を抑える鳴丸を抱き起し、肩を貸して教授の後を追った。
絡みついたアルラウネの蔓を引きちぎり地面に叩きつけると、サングラスの男はようやく麻痺から解放されつつあった黒服達に命じる。

怒気をはらんだその声音に、黒服達は腕を抑え、足を引きづりながら従った。

人通りの少ない路地から大通りへと抜け、商店街へと飛び込んだ一向は、一揆需要に異邦人でごった返す通りを駆け抜ける。

逃げてる最中、急にアリアの手が何者かにひっぱられた。

アリアの手を引っ張ったのは青い服を着た金髪の青年だった。
中世的な顔立ちに、切れ長の目が何処か上品な雰囲気を感じさせる。
二人は知り合いなのか、抵抗するそぶりも見せず、アリアはそのまま店の中へ連れ込まれた。

扉から顔を覗かせ急かす青年に、スラントとアスタリスクが顔を見合わせ、鳴丸が悲壮な表情で後を追う。

含みを持たせたアスタリスクの言葉に、眉根を寄せながらも店の中へと入る。
中は照明を少し落とした大人の雰囲気のある店で、まだ日が高いながらも、何人もの客がグラスを傾けていた。
一揆の参加者だろうか、中には頭に猫を乗せた少年が一人で食事をしていたり、サングラスをかけた牧師さんがグラスを傾けていたりと、実に客層が広いらしい。
青年の案内で二階へと上がり、個室の中へと案内される。
後に続きながら、途中にあった店内図で非常階段の位置を把握しておく。
程なくしてパーティールームと銘打った小部屋にたどり着く。
着席し、置いてある水を手に取った。

アスタリスクが青年に声をかける。しかしそれを無視して、青年はアリアへと歩み寄った。

三人同時に顔を見合わせる。
奇妙な沈黙の後、エルの様子をじっと伺うスラント。

一方、その頃。

少女は言わないでいい事を言っていた。