青空が綺麗だ。
馬車はそう速度を出してるわけでもなく、ゆったりゆったりと進んでいく。
ボクがお尻が痛いって騒ぎすぎたからリヴァランが気をつかってくれたのかな。

そよそよと柔らかい風が幌の中に注ぎ込んできて、ボクの鼻をくすぐる。
木の匂いと水の音、川が近いかな。

とてもこれから血なまぐさい戦場に向かうなんて、そんな雰囲気じゃなかった。








ボクが一揆などと呼ばれている、王政側に対する反乱に加担することになったのはあれから一ヶ月後のことだった。

もちろんボクはそんなものには興味はないし、マリアなんかはなおの事、本当は争いに協力することは嫌に決まっていただろう。
これにはそれなりの訳があった。

イブリスホームはタリスベル教団が所有する広大な私有地、聖アウレリオ荘園内シヤンハイルの森の中にある。
この聖アウレリオ荘園を管理する、アウレリオ派と呼ばれる教団内の一派が少々曲者で、基本的に非戦、非攻、隣人愛をモットーとするタリスベル教の中では異例として
大変攻撃的なことで有名だった。本来タリスベル教国が自衛のために保有している聖堂騎士団とはまた別にかなりの規模の僧兵団を保有している。

事の始まりは一年前、王政側が行った全国のネクター農園を対象とした強制一斉検地。
聖アウレリオ荘園内の検地までは教団側も渋々飲み込んだのだが、大本堂内にある僅かな面積のネクター園、ここにまで強制的に兵を踏み込ませたのがまずかった。
聖域を汚されたとしてタリスベル教団、特に荘園を管理していたアウレリオ派は王政側に猛反発。以後、直接的な衝突はないにしても荘園の境界あたりで僧兵達の挑発行為は頻繁に行われ、
相当ピリピリした状態だったらしい。

そんな中で、とうとう王政側に業を煮やした市民軍が一斉蜂起。アウレリオ派もこの市民軍側に協力をすることになったってことだそうな。

で、アウレリオ派の出資でかつがつ運営できてるイブリスホームは、戦力供出の命令にはどうにも逆らえなかった。
まぁ本当に戦力になる人がいなかったならマリアもウンとは言いようがなかったろうけどね。
たまたまボクやリヴァランみたいなイレギュラーな子供がいたのもあって、じゃあ他の子達を食わせてやるためにも頑張ろうってことになったってわけ。
本当は三人の戦力で許してもらおうと思ってたんだけど、結局ノエミがこっそり付いてきたせいで四人になった。



とはいえだね、いくら少々過激なアウレリオ派のやることとは言っても、こんな小さい孤児院なんかに戦力の徴発を求めるのは少々理に適わないのではないかい？

イブリスホームは設立当初は100人あまりの孤児を抱える大規模な孤児院だったみたいだけど、今はすっかり小規模化しちゃって、現在住んでる孤児はたったの九人。
おまけに管理していた神父はちょっと前に死んでしまって、大人はマリアしかいないという有様。

こんなところに教団側は一体何を考えて戦力を求めたというのか。

考えてみれば当然だ。常識で考えればここに戦力になれる人間など一人もいないはずだ。
マリアはまぁともかくとして、リヴァランもノエミもボクも教団側としては計算外の存在だったはず。特にボク・・・。

どちらかいうと、難癖をつけて教会を接収するのが本当の目的だったのではないか。
でもそれだったら、最初から資金援助を打ち切るなり孤児院を別の場所に移転させるなり、やり方はいくらでもあったはずだが。わからない。

そもそも、アレキサンダー・イブリスって何者なんだ。
教団の人間なのに何故わざわざ教団から教会を買ったのか。結局運営もスポンサーも教団がやってるのに。


え？ここに住んで間もないのに随分事情通だなって？

・・・まぁこれにはちょっとした仕込みがあるんだよね。

ルイーザはイブリスホームの孤児の一人で、大体（外見上だけど）ボクと同じくらいの歳の子だ。
そのせいかルイーザとは気があって、この一ヶ月随分一緒に遊んできた。
大体何をするにも気があったな。ボクにとってもルイーザは初めての友達だった。

マリアは本当に嬉しそうに笑ってた。きっとボクが孤児院に溶け込んだと感じて喜んでくれたんだろう。

ボクは、決して中身が見えないように気をつけて手紙を開封した・・・。








孤児院を発つ前日の夜、ボクはルイーザを魅了した。

マリアやリヴァランが教会を空けている間、内部を徹底調査する為だ。
それと、出来れば先日書庫で発見した古文書の解読作業もしてもらいたい。
もちろんルイーザに古代文字が読めるはずがないので、それの修得も含めて仕向けておいた。

おそらくルイーザにはかなりの情報を残してしまうことになる。
古代文字の修得に際しては結構な足跡を残してしまうことになるだろう。
孤児院を去る時には、すまないけど彼女は消さないといけないだろうなぁ。

ボクも彼女のこと大好きなんだけどね。残念でならない。

ヘリヤの表情にはまったく気づいていない。