小川を進んでいたら、水浴びしてた兵士に襲われた。
水着であれだけ強いんだから、鎧を身に着けている状態で出くわしてたら大変だったかもしれない。
仲間ができてちょっと気が抜けていたけど、やっぱり命がけなんだ、これは。
気を引き締めていかないと。こんなところで死んだらいけない。生きて帰らないと。私の、家に。
お兄ちゃんがいるから。私を待ってるから。たった一人で。
…足が震える。こわい。
仲間が死ぬのも、お兄ちゃんが悲しむのも、嫌だ、嫌だ。
それに、私だってまだ生きていたい。生きたい、生きたい。
だからもっと強くなる。
私はもっと、もっと、もっと強くならなくちゃ。
だから…

サンドは小さく頷いた。

——『エンブリオ』
——『契約』
——『ネクター』
そして——『王』。

少女の口から語られた言葉は、男の知る世界における概念とは些か異なる物だった。
だがそれに、驚きはしない。
『何故か言語が通じている』状況も、『語られた内容がまるで常識の様に胸に落ちる』事も。
——今の自分は『そういうモノ』なのだと、理屈ではなく感覚で理解した。
答えられた内容を反芻し、理解する。情報だ。この世界を進むにあたり、情報がまだ足らない。
幸い、『一揆』とやらに望む人間は多くいる様だ。使い捨ての駒は、多い程良い。

返される質問。それに、男は応える。
これより告げる言葉を誇るような矜持を、それが意味を持たないであろう諦観を綯い交ぜにしたような、視線を以って。

それは、耳に馴染みのない音だった。

世界を越えてきた、と告げる男。
冗談でも、狂言でもない。粗暴であれど、その言葉は真実を述べている。
その一言で、全ての回答を終えたかとばかりに、背を向けて。

横目で、向けた視線。
手は取らず、差し伸べもしない。されど向けた背が告げている。
——来い、と。

話しかけられたことなど気にせずに、少女の赤い髪を纏めている黒いリボンを見つめている。

青年は唇を全く動かすことなくリボンについて語っている。
視線はいまだリボンに向いたままで、まるでリボンと会話をしているかのようだ。

青年の目がぎらりと光った。
……渡したら二度と返してくれない気がするがどうしようか。