何故あの日に、鳥籠は壊されてしまったのか彼女は知らない。それが自然の悪戯なのか、革命的な人為か、世界の、それこそ愛と呼ばれる何かなのか。彼女にとって大切なことは、そこから溢れた光の中に存在していたこの箱庭の世界のことと、愛への裏切りは楽園からの追放と永遠の流浪だということ現実だけだ。そうして、それは彼女の望みの果てにあるものだったということも。



血が止まらない。探し求めていたはずのその声を聞く。肩を抱く、肩甲骨が触れたのは静かな指先。真っ赤な視界が夕闇に、そしてやがては夜へ帰結していこうとする。それは逆巻かれた過去か、あるいは急速に飛翔していく未来か。赤、血の色。己のからだの中から溢れていく色。トリカゴウイルスのもたらす帰着、その時はその体の内はどろどろに溶けていき、肌はただの袋に、その袋も花の枯れるように地に腐り落ちて行く。赤。視界は未だあわく靄のかかった血の結晶の色、光に透けてゆらゆら揺れる、それはやがて朝に出会う薔薇の口づけの色に似ているはずなのに、そのことを彼女は知っているのに……。俯けば、地面にぽつりと不格好な円が咲く。それもまた赤い。
かき集めたネクターの花は花弁の欠くものばかり、けれど己の中で息深く根付く——それは、肩甲骨を褥にするひとつの女を保つのには十分ではなく、また肋骨でひっそりと息づく金色はその輝きさえも今はウイルスに抗する力として、気配を消している。