「まだ機嫌悪いの〜？」

九の周りをふわふわと飛んでいるねこっぱちの声に若干の困惑が混じる。

「もう三日も口きいてくれないなんて・・・」

話しかけられている方の九はガン無視で、するすると大木を登っている。
腰かけるのに手頃な枝がないかと探しているのだ。

「そんなに日記添削したの怒ってるの？ねぇ〜？」

てっぺん近くに座り心地の良さそうな枝を見つけると、満足そうに微笑む。

「あー、なかなかいい景色だなー。」
「イチジクってばー！」
「・・・・・・るっさいなー、もう！」

うっとおしい！と言いながらねこっぱちに拳骨を食らわす。
喰らったほうのねこっぱちは何かがつぶれたような情けない声を上げつつもどことなく嬉しそうである。

「怒るに決まってるだろ！オレが嫌がることばっかやりやがって！」
「嫌よ嫌よも好きのうちじゃないの？」
「アホか！嫌よ嫌よってゆったら本当に嫌よだ、ボケ猫！」
「イチジクはどうしてそんなに難しいのかな・・・」
「ふざけんな、ぱちがひねくれてるんじゃねーか！！」
「まぁ、でも、イチジクがそういうならそうなのかもね。」

そう言いながら、イチジクのと同じ枝に腰を下ろす。

「・・・・・・うぐ、素直すぎてキモい。」
「ひねくれてるって言ったり素直って言ったり、どっちなの？イチジクはやっぱりわけがわからないよ・・・」
「だって、ぱちがオレの言うこと素直に聞くとかキショいだろ！ふだんオレを怒らせるようなことばっかりするくせに！」
「なんか誤解があるなぁ。」

「ボクはいつだってイチジクを喜ばせようとしてるんだけどなぁ。」
「はぁ？！オマエ、どのツラで・・・・・・」
「だけど、イチジクが怒りん坊だからうまくいかないみたいで困っちゃうよ。」
「・・・・・・結局オレのせいか！オレが悪者かよ！もういいよ！」

九がむっとする。

「腹立つから、オレは去る！」
「どこに？」
「どこだっていいだろ。あー、もういっそのこと、飛び降りてやる！」
「何言ってるの、イチジク。ここ相当高いから飛び降りたら、大変なことになっちゃうよ。」
「・・・・ふん、オレが飛べないから、そんなことやらないと思ってんだろ。」
「別にそんなこと言っ・・・・・」

ねこっぱちの言葉が終わらないうちに、イチジクが身を投げるように枝から手を離した。


薄紅色のふわふわした髪がねこっぱちの視界一杯に広がる。


「イチジク！！！！！」


まれにみる真剣な声とともにねこっぱちが宙に身を躍らせる。
宙に舞う季節外れの桜の花びらをかき集めるように、必死の形相で腕を伸ばして———


「・・・・・・・あれ？」



ボフンと音がして草むらに落下する。


「・・・・・・・・・・・・・・イチジク、重い・・・」
「・・・・重いじゃねーよ、タコ。一緒に落ちてどうする。」
「・・・・・キャッチしようと思ったんだけど・・・・」
「・・・・・・ちんちくりんの分際でキャッチできるのかよ、アホじゃねーの・・・」
「・・・そういえばそうだった・・・今は、キュートなサイズなことを忘れてた・・・」
「今は、っていつもちんちくりんだろが・・・・途中で枝につかまる予定だったのに、びっくりして忘れたわい。」
「ボクのすばらしい羽はすばらしいスピードでイチジクを助け、すばらしい勢いでそのまま空のかなたへ飛び立つイメージだったんだけど・・・・・」
「すばらしいすばらしいって語彙が少なすぎるだろ！・・・・・なんか笑えてきた！」

九がこみ上げる笑いに身を震わせる。

「こんなにすばらしいのに！？」
「ぶふっ、すばらしく失敗してるじゃねーか！さらにすばらしいって重ねるな！」
「すばらしいボクのプランを笑うなんて〜！」
「あはは、ってか空の彼方へ飛び立つってどこの王子様なんだよ、オマエ！」
「ボクみたいなキュートですばらしい王子様は、なかなかいないと思うんだけどね！」

おかしーと笑いながら手足をばたつかせる九の下からねこっぱちが何とか這い出てくる。

「まぁ、お姫様のご機嫌が治って何よりです。ほら、ついでだからマニキュア塗ってあげる。」
「あはは、お姫様とか！あはは」
「はいはい、も〜動くと塗りにくいけど、ボクのすばらしいテクニックの見せ所かな！」

身をよじって笑う九の手を取って「あーもー、大人しくしなさいよ〜」とか「すばらし〜」とか言いながらマニキュアを塗るねこっぱちであった。


———30分後、赤味がかった紫のネイルでご満悦の九と、やり切った感で満足げなねこっぱちの姿が見られたとか。