※ブラック(Eno.1596)の日記から続いています。
　先にそちらをご覧になってから読むことをお勧めします。
　http://ikki.x0.com/r/k/k1596.html#DIARY







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「「乾杯！」」

手に持ったジョッキグラスを高々と掲げ、打ち鳴らす。
同じテーブルについて酒を飲み交わすのは黒ずくめの男。俺の疑惑を晴らした男だ。
夜の予定を聞けば暇だと言うから、こうして共に酒と食事を囲んでいる。

「はは、あんたには助けられたぜ。ありがとな」
「礼をするほどの事じゃないさ。それに俺もあんたには助けられた。お互い様だな」
「アッハッハ！そうだな、違いねぇ！」

気分よく笑い声をあげながら、俺はグラスの酒を一気に呷る。
それを見た男も笑いながら同様に酒を飲み干した。
騒動の後始末はそれなりに面倒くさいものだったが、
ペテン野郎をシメたという事で、珍しく賭博場から僅かではあるが謝礼金も出た。
そんな流れでのこの飲み、というわけだ。

「それにしてもあんたすげぇな。名探偵！って感じだったぜ？ くくく」
「あはは、何言ってるんだ。そういうあんたも凄腕だったぜ。そっちのほうが驚きだ」
「へっへっへ、まーな！ダイスには自信あんだよ」

次々と運ばれてくる料理を口に頬張りながら、男と談笑する。
改めて見てもこいつは女が好きそうな面構えをしている。物腰も柔らかいし、妙に優雅だ。
料理を口に運ぶ仕草から見ても、こいつはどうにも“おぼっちゃん”らしいように感じる。
ろくな教育も受けたことがない俺と比べるとよく分かる。
こいつはきちんと教育を受けたヤツだ。それもそれなりに長い間。

────ふと、視線がかち合う。

ジロジロと観察する俺を、向こうも妙に興味深そうな顔で見てくる。
あっという間に立場が逆転し、見られる側になったかと思うと途端に落ち着かなくなる。

「あ、あー！そういや自己紹介がまだだったよな！」

わざとらしい俺の言葉に、男は一瞬きょとんとしたように目を見開いた。
が、それもすぐにしまって、また笑みを浮かべた。
……少しばかり滑ったようで妙に恥ずかしいが、あまり気にしないことにした。


「俺はジャックだ。ジャック＝ハートウィル。あんたは？」


名乗ってから男に促すように問いかけてみると、
数秒…ほんの数秒だけ男は何か考えたようだった。


「そうだな…ブラックビアス──いや、ブラック。ブラック＝ディドスペードだよ」


何故か男──ブラックが名乗り直したことに多少の違和感を覚えたが、
詮索されたくない事の一つや二つ、誰だってあることだ。
俺は気づかないフリをして「そうか」と頷いてみせる。

「ブラック、へぇ、ブラックねぇ。そりゃあいい。二人揃ってブラックジャックだ」
「はは、言われてみれば確かにそうだな」
「しかもハートとスペードが揃ったぜ？はっはっは、着てる服の色も妙に合ってるじゃねぇか！」
「赤と黒、だな。面白いこともあるもんだなぁ」
「くっくっく、これも何かの縁だ。金はある、思う存分飲んで食おうぜ！！」



「「乾杯！！」」




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何度も馬鹿みたいに乾杯を繰り返したブラックとの飲み会は、気分が良いまま幕を閉じた。
あいつはイイ。直感でそう思った。
どこが、と聞かれても具体的には出てこないが……とにかく楽だった。
あれだけバカ笑いをして酒を飲んだのは何年ぶりのことだろうか。
もう随分とそんな事はしていない気がする。
初対面のはずだというのに、もうずっとコンビを組んでいたんじゃないかと思う瞬間が何度もあった。

「……また会えりゃ御の字だな」

次に会ったらどうしてやろう。カードでもダイスでも、一度勝負をしてみようか。
ゴキゲンな気分のまま、そんな事を考えていると────遠くから雷の音が響いてきた。
まさか、と思って空を見上げてみればどんよりと曇り、ポツポツと小雨が降り始める始末。

「げぇ、マジかよ……せっかくの気分が台無しじゃねーか……」

雷から出来るだけ遠ざかれるように小走りになる。
ついでに軽く耳も押さえて音も聞こえないようにした。
────雷はどうにも苦手だ。というか、嫌いだ。
子供の頃に目の前で雷が人に落ちたのを見たからだろうと思う。
これがまだ木や建物だったら話は違ったのかもしれない。
当時の映像が蘇ってきそうになって、俺は慌てて頭を振る。
と、その時。



「おい、待て！！」



突然背後から呼びかけられ、足を止める。
聞き覚えのある声だ、と記憶をさらい……思い当たる人物にたどり着いてため息をつく。
このまま無視することも出来るだろう。
ただ直感で、無視することは得策ではないように思えた。
面倒くささを前面に押し出した表情で振り返ってみれば、案の定。
賭博場でイカサマをしていた小物な男とディーラーだ。
その背後にはどう見てもカタギではない男たちが数人、威圧的な態度で控えている。

「へ、へへ……俺のシマで好き勝手しやがってよぉ……生きて帰れると思うなよ…！」
「……おっさんも暇だな」

男の言葉からして、どうやら街で幅を利かせているマフィア……というにはお粗末な男だ。
二人揃ってせいぜいその下でこき使われるチンピラ、といったところだろう。
そのチンピラは先ほどとは違い、妙に得意げな表情を浮かべてニタニタと笑っている。

「知ってるぜぇ〜…お前、ジャック=ハートウィルだろ〜？噂に名高い孤狼のジャック！
　まさかこんなところでお目にかかれるとはよぉ…」

──昔の呼び名に、思わず舌打ちをする。
俺の過去を知っているのかと思うと、ますます面倒くさい。
まぁ、俺の素性を知ったからといって、得意げになっているこの男の頭の中もどうかと思うが。
それとも助っ人を引き連れてるから強気だとでも言うのか。どちらにしても馬鹿には変わりない。

「そのジャックだったらどうしたってんだよ。めんどくせーな。何か用かよ」
「なっ、何の用か、だぁ！？見りゃ分かんだろうが、馬鹿かてめぇは！！！」
「いちいちキーキー喚くなようっせぇな。ンだよ、さっきの仕返しってか？」

仕返し、という言葉を聞いて男はふん！と鼻を鳴らし、胸を張りながら仁王立ちする。
隣にいるディーラーも強気な顔で俺を見てくる。

（……さっきはテーブルの隅で震えてたヤツとは思えねぇな……)

わざとらしくため息をつき、頭をガシガシと掻き毟る。
とてつもなく、面倒くさい。
無視したところでこの後も恐らくずっと追い回されることになるだろう。
小物のくせに執念だけは一丁前のようだ。

「昔はよぉ…ウチの連中も世話になったらしいじゃねぇか、ええ？
そん時の落とし前も含めて、お仕置きしてやんなきゃなあ、ギャハハハハ！！」
「そうだそうだ！罪を贖え！」

言うが早いか、背後にいた男たちが一斉に飛びかかってきた。
チンピラとディーラーは高みの見物を決め込んでいるようで、腕組みをして悠々と眺めている。
先ほどまで小雨だった雨は段々と本格的なものに変わりつつある。


「チッ！！さっさと終わらせてやる！！」


男たちの拳を交わしながら距離を詰める。
相手は三人。身体の捌き方から、それなりの手練のようだ。

（ま、俺の相手じゃねぇけどな)

拳やナイフは飛んでくるものの、どうやら飛び道具は持ってはいないらしい。
そうと分かれば様子を見ることもない。
一気に懐に飛び込んで、一人の顎を思い切り殴り上げる。
タイミングよくハマったのか、男は面白いぐらいに飛び上がり、そして地面に横たわって起きなくなった。
残りは二人。ナイフを手に持っているのが少し厄介だが、そんなものはどうとでもなるだろう。

「オッラァアアア！！」

ナイフを手に二人揃って駆け出してくる。
挟み討ちするつもりなのだろうが……

「甘ェんだよ！！」

ジャケットを脱ぎ捨て、ナイフを持つ手を絡め取ろうとした
──その瞬間。




自分の身体が少し、浮いたような気がした。




次に襲ってきたのは、経験したことがないような痛みと、こみ上げる血の匂い。
撃たれた────と思ったのは、銃口を俺に向けながら高笑いしている男を視界に収めた時。
おそらく、そういう作戦だったのだろう。
ナイフを持つ男たちは冷ややかな目で俺のことを見下している。

「が、はッ…！」

思わず膝をつく。
撃たれたであろう場所に手を伸ばせば、ぬるりと真っ赤な血にいとも容易く染まった。
腹部を撃たれたせいか、喉の奥から血が迫り上げてくるのが分かる。

（やっべぇ……こりゃ、洒落になんねぇ……)

男がギャーギャーと喚いているのが遠く聞こえる。どうやらとどめは刺さないらしい。
その点に関してはありがたい事だ、と内心笑う。
……だが恐らく、わざわざとどめを刺すまでもなく死ぬだろうと判断されたんだろうと思う。
俺があいつらの立場なら同じことをする。
時間をかけて惨めに死ね──つまりはそういうことだ。

（動け、うごけ……うごけ…)

身体に力が入らない。どうにか動かそうとするも、バランスを崩してその場に倒れ込む。
予想以上に血が流れすぎているようだった。
最悪なことに雨はいつの間にか本格的に降り出し、俺の血を洗い流していく。
雨が降り続く限り、俺の血が止まることもない。その先にあるのは、もう分かりきったものだ。

（あっけねぇ……)

意識はもはや朦朧としている。指一本も動かせるか怪しい。
ここまでか────そう思った。



“あいつ”が再び、現れるまでは。

飼い主のハールと一緒だと言われてしぶしぶながら納得したようだ。

せっかく納得した矢先に乱暴な扱いを受けたなら
こちらもやり返すのが筋である。

その自慢の腕に皮膚を食い破らない程度に噛み付いた。

そこで言いよどんで、アールはそれ以上の言及をやめた

それでもチセのことを言われれば、小さいながらもはっきりとした声で返す

ジャックの手を払いのけながら苛立ちを隠さない様子で不満げに礼を言った