マーメイドは思う。
出会いは最悪で、敵意の渦が、拒絶の意思が有ったのに。
目の前にいた、何処までも不自然なソレは、
まるで、与えられた、稚拙な感情すらマトモに扱えていない様な。
そんな無機質な存在だった事を。

「乱暴な人」

花々が咲き乱れ、緑の絨毯に埋め尽くされた、土の匂いのする場所に。
ただ、何をするでも突っ立っている相手。
振る舞いが粗暴な訳でも無く、でも、乱暴な人。

「イキモノなのに」

命の全てを放棄した様な、感覚に襲われる相手。
なのに無垢、何故？
呟く声は、虚空に溶ける、凪いだ水面に出来た漣にすら成れずに。
ネクターと同じ色をしたマーメイドの瞳が、いつの間にか、
自分を捉えていたPtype:Zsoltの紫の瞳と、重なった。

「ナノマシンはイキモノですか？」

こんな事を、契約を結んだ相手に問うのだ。
あの、『データを頂けませんか？』と言う、不躾な契約をした。
このネクター色をした、マーメイドに。

1.
マーメイドは考える。
敵意を抱いたのは自分、嫌いな存在、"人"。
他の人々がどうだったのか、それは分からない、覚えていても、
今後役に立つ訳でも、無い筈だったから。

余りに、周りと違う、機械的で事務的な相手が気になった？
人の姿をした、人外のモノ、造られし者だと言う。

「人の姿をしたナニか？」

「違いますでしょうか？」

小首を傾げた相手を見る。
表情は、殆ど無い。
仮面の様だと思い至る、けれど、それにしては、こう。

「そうね、違うんじゃない？何故かは知らないけど」

意地悪な返答をすると、『困惑』したりするのだ。この相手は。

「それは、困りました」

ハキハキとした滑舌が、僅かに鈍る。
全てが未熟で、真っ白だった。
生まれたばかりの赤子？

この見た目でか、と、小さく、小さく、マーメイドの口角が上がった。
でも、生まれたばかりなのに、間違いは無いらしいから。
だから、この子は真っ白なんだろう。

——そう、真っ白なキャンバスの如しに。

「真っ白」

「・・・・・・？」

「真っ白なの」

「主語が有りませんが・・・」

終いには、困惑一色に染まった契約者の表情が、可笑しくて。

一つ、二つ。

同じ言葉を呟いて翻弄する。

"案外、いい暇つぶしに成るのかもしれない"

そうして、マーメイドは思い直した。
暫く付き合ってみようかと、真っ白が染まるのを見るのも。
案外、乙なものなのかもしれない、と。

「行きましょう？契約者ジョルト。—私は、Alice.今後とも宜しく」

こうやって、マーメイドはジョルトに付いてきた。
観察する序に、ネクター色の自分を。

白いキャンバスに一滴だけ、垂らして。