食事は大切だ。
好物であれば尚良い。
平穏と幸せに満たされる行為は何より優先されるべきである。
それは食事に限ったことではないが、飢餓は死に直結するゆえ、最優先事項である。

ティムラハは額から汗を流しながら、ぱたぱたと団扇で七輪の炭火を扇いでいた。
≪トライター≫の中に押し込んで置いた魚専用の調理道具は、
大事に長年扱っているのだろう、「古い」という印象を強く受けるものだった。
この世界に来る前に、魚を肴に調理用の清酒飲み干してしまっていたことを悔やみながら汗を拭う。
こちらで仕入れればいいと楽観していたが、通貨が違うことを失念していた。
炭等消耗品の在庫を計算し、眉間に皺を寄せる。
調味料は山ほど持っておいたのでそちらの心配はないだろう(誤射してオシャカにしない限りは)。
とはいえ、折角の異世界観光である。
考えなしな行動は慎しむ。節制を意識する。それだけだ。
目の前のウナギの焼き加減の方が、今は何よりも大事なのだ。

ヨドはティムラハの首にぐるりと巻き付き、
網の上に乗った、真っ二つのウナギの頭をもの悲しそうに眺めていた。
キヨは右へ左へ、付かず離れずの距離を浮遊している。
そしてトモは、傍らでじゅうじゅうと脂が焼ける音に耳を立て、丸い目で凝視している。
今にも飛びつきそうな姿勢に、ティムラハは口を開いた。

それでもない、とばかりに胸を張るトモに呆れ顔を浮かべたティムラハは、その首根っこを掴み後方に放り投げた。
くるりと捻りを入れて華麗に着地したトモは、とっとっとと元の位置まで戻り再び姿勢を正す。

しばし無言で見つめ合う。
ヨドはそのよくわからない空気に割り込むことが出来ず、キヨは適当な単語を真似しながら浮遊していた。
ティムラハが団扇を煽る手が止まっていた事に気付いたところで人と猫の醜いいがみ合いは終了した。

トモのおねだり＋涎攻撃を躱しきり、
肝から骨まで一匹丸ごと平らげた幸せをひとしきり噛み締めた後、
音程のやや外れた鼻歌を歌いながら、ティムラハは投網の作製作業に取り掛かった。

「有用そうだから」という理由での『弾』作製は久しい。
それはティムラハにとって好物の食事と同じぐらいか、それ以上に幸福であり、残酷である。
しかしだからと言って、それから手を引くことはない。
飢えれば死ぬように、その追求を止めることは、死と同義だからだ。