瞳を閉じ、風が木々を揺らす音に耳を傾ける。
見渡し限りの緑は涼やかに、頬を撫でる風は心地よく、夏の熱気を掃っていく。

「スィナンには申し訳ないことをしたなぁ…」

浜辺で海の家を開くと意気込んでいた彼の手伝いを放棄し、私は森の入り口にある木に腰を下ろしている。

夏は苦手だ。
熱気で思考が定まらないし、物を食べる気もおきないせいで体力も持たない。
縁あって知り合ったカタリナという少女が、進んで手伝いを買って出てくれたのが不幸中の幸いだった。
手伝いどころか足手まといになるからと、後のことは任せ、森林へと涼みに来たのである。


「アデル殿」

目を閉じていたせいか、はたまた熱気のせいだろうか
声をかけられるまで気配に気づけなかったことに、内心驚いたが悟られないよう平然を装った。
髪型がいつもと違うので、一瞬だが誰だか分からなかったことは内緒だ。

「…ああ、ハールか、あなたも森へ？」
「ああ、そうだが……」

言いよどむ彼の態度に疑問を感じるも、「スィナン殿達は良いのか？」という言葉で合点がいった。
彼の傍に居ないことを不思議に思うのも無理はない。
頬を伝う汗を拭い、避暑のために別行動を取らせてもらったことを告げた。


「だいぶ参っているようだが、大丈夫かね？」
「ああ、問題ない」

答えて見上げる彼の背は思いの外高くて。
これでは話しにくいし…なにより失礼だと腰をあげる私に、ハールが手を差し伸べてくれる。
立ち上がるくらいで手を煩わせることもないだろう。
行為はありがたいが、軽く手のひらを返す仕草で断りをいれた。

「あなたは散歩をしに？」
「向こうは煩わしくて適わんからな……ヴルはスィナン殿についてマネキ・ネコとやらをするそうだ」
「そうか」

そういえばそんな話をしていた気がする。
暑さにボーっとしていたせいで、今の話を聞くまで忘れていた。

「なら、」

一拍の間。

「二人で森を散策してみるか？」
「…ハールと？」
「どうだね？不服でなければ」

予想もしなかった言葉に、反射的に質問を返してしまった。
不快な思いをさせてはいまいかと目線だけをむけるが、どうやら気にしている風はない。

「……そうだな、断る理由もないし、一緒に行こう」
「成立だな」

言葉少なにそう告げると、森の中へと歩き出した。



*　*　*　*　*



夏の森は綺麗だ。
青々と茂る木々は生き生きと、その生命を謳歌しているように感じる。
葉の隙間からこぼれる日差しもとても美しい。

「アデル殿、手を」
「へ…？」

周りばかり気にしていて気づかなかったが、この進む先に進むには迫り出た木の根を越えなければいけないようだった。
ハールはすでにその上へ上がり、こちらへ手を差し伸べている。

「心配は無用だ、これくらい…」
「いや、これは私が安心したいが為だ。悪いが私の我儘に付き合ってもらえまいか」
「……では、有り難く受け入れよう」

そうまで言われては断るわけにはいかず、伸ばされた手を取ると軽々と引き上げられる。
見た目よりも力があるんだな。
口には出さず、また黙々と歩を進めた。



歩き続ける二人に会話は少なかったが、森の中は案外賑やかで飽きることは無い。
時折過ぎる鳥の姿、見慣れぬ昆虫や植物。
気になるものがあるたびに、私は彼へ質問をした。
大抵のことに答えてくれるハールの知識に感心し、あれもこれもと聞きすぎてしまったと思う。

「だいぶ中へ入っていたようだな」

彼の言葉を聞き、随分と森の奥へと入り込んでいたことに気づいたのだった。

「だいぶ中へ入っていたようだな」
「そうか、気が付かなかったな」
「戻る時間も考えれば、そろそろ引き返すのが望ましいかもしれないな」
「もう？」
「森の中では時間の間隔も少し麻痺してしまう、我々がここへ来てだいぶ時間を消費しているぞ」
「そうか……それもそうだな」

もっと色んな話を聞いてみたくもあったが、陽が暮れてしまっては大変だ。

「では、そろそろ引き返すか」
「わかった」

引き返そうと足を踏み出しすと、少々バテていることに気づく。
足が重いな…。
一瞬眉を潜めると、またも目の前に手が差し伸べられていた。

「疲れてはいないかね？」

表情を見られていたのか見透かされたのか。
どちらにせよ、その言葉に口ごもる。

「……心配は無用だと、言っている」

どことなくバツの悪さを感じ、少し強めに断りを入た。

「私に付き合わせてしまったようなものだ。帰りも同じだけ歩く、ゆっくりと戻ろう」

断りの言葉を受けても、下ろされる気配の無い手。
どうしたものかと考えあぐねていると、ふと先ほどの言葉が思い浮かんだ。

ああ、そうか——
「これも貴方の我儘か？」
「……ああ、そうだな。私の我儘だ」

返答までの間や驚いたような顔を見て、違ったかと不安を感じた。しかし、目を丸くしていた彼の口から出た言葉は肯定を示し、内心ホッとする。

「ならば仕方がない、戻るぞ、ハール」

三度差し伸べられた手を握り、今度は彼を先導すべく歩き出す。

「分かった」

彼の声は笑っているように聞こえたのは、私の思い違いだったろうか。
元来た道をゆっくりと、二人は浜辺を目指して歩き出した。


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共演者*
ENo.406 ハール・ミイ
http://ikki.x0.com/r/k/k406.html

言いつつ、辺りを見回す。地面にある一点の穴を見つけると
おもむろに手を突っ込んで一匹のミミズをつまんだ。

アデルの握手に応える。

宿までの道のりを思い浮かべ、さほど難しくないコースだなと考える

大通りを行けば人混みが邪魔だが、裏道を行けばたやすい。
小回りの点ではアデルが上回るかもしれないが、
それを鑑みてもスィナンは負ける気がしなかった。

1D6 = 4 ( 4 )