眩い太陽が地表を満遍なく照りつける。じりじりとした熱量が皮膚を焦がす中、男は人を探していた。
　進むにつれて増す暑さは、ここの気候がそもそもそのようであるが、恐らく火のエンブリオが近くにいるのが原因だろう。
　目的地は近い。しかし、今はまだ辿り着けない。
　ひび割れた大地には風化しかけの岩山、枯れ折れた木。
　見晴らしのいい場所なのに、目当ての人物が一向に見当たらないのはどういうわけか。

　考えるに一つ、探す方角を間違えたのでは。男が思案する素振りを見せる。ずん。地面が揺れた。
　ずん。地響きと共に、男の後ろから大声が飛んできた。
　
「おーい！　そっちにいたか！？」

　ずん、ずん。
　揺れはゆっくりと、しかし確実に大きくなり、『それ』が小走りになってからは環境被害が心配になるほどの騒ぎとなった。どうやら、彼の向かった先にもいなかったようだ。
　ずずん。
男がそちらに顔を向けると、想像通りの人物——いや、人ではない。岩だ。想像通りの巨大な岩塊がそこに聳え立っていた。
　背丈は男の二倍以上あるだろうか、当然横幅もその分長い。かろうじて手足と顔があることから人型ではあると判別できるが、縮こまれば、そこらにある岩山の一つにしか見えないだろう。

　「いや、こちらにはいねえぞ。その様子だとそちらも外れか？」

　しかし、男は全く動じることなく、それの顔らしき場所を見上げて話し出す。

　「ああ、ま、グレンダは強いから一人でも大丈夫だろうけどな！　だが心配だ！」

　うーむ、と悩む巨岩。自分の矛盾した発言は特に気にならないらしい。
　とにかく根が単純な性格のようで、気持ちをそのまま喋っているだけに見える。

　「ま、そんなに心配なら、私が念押しでもしてやるよ。—【—…………】
　
　そう言って男が言葉を紡ぐ。紡いだ言葉はすぐさま解け、世界に溶ける。雪の放つ静寂に似た何か。
　その何かを吐き出し終わると、男は一息ついて飲み水を荷物から探す。巨岩はそれを眺め、

　「いつ見ても分かんねぇな、それ。俺、頭よくねえからかな」
　「興味を持たなきゃ分からんのさ。物語のテーマはいつだってそんなもんだ」
　「……あー、余計に分からねえ！」
　「そんなもんだ。さて、彼が見つけてるかどうか……」
　
　話しながら、二人は予定していた集合場所へ歩く。
　あと一人が空振りならば、地味に厄介なことになっているらしいが。
　




　集合場所には、案の定か予想外か、黒髪の男しかいなかった。
　男の着ている場違いな白衣は、砂に汚れて本来の清潔さを保てていない。もっとも、持ち主はそれを気にもとめていないらしい。
　いつものごとく感情を見せない眼差しで戻ってきた二人を観察すると、弱く息を吐いた。

　「そっちにもいなかったか」
　「らしいな。いやはや、私達のまとまりの無さは、今に始まったことじゃねえがさ」
　「ま、先に進んでいるってことだろ、きっと！　それじゃあ行こうぜ！」
　
　——そもそものことの起こりは、この三人の勝手な行動である。
　一人は生まれ故郷に近いからつい気を抜いてふらふら、もう一人はいつもどおりに何を考えてるんだか分からぬままふらふら、最後の一人はいつの間にかふらふら。短い間のパーティである以上、意思の統率が完全であるわけがないが、それにしたってひどい有様だ。
　
　気がつくとパーティの紅一点は先に進んでしまっていて——彼女もあれで奇妙なところがあるから、何かに気を取られて気がつかなかったのかもしれない——ふらふら達はなんとか合流できたものの、彼女がこちらを探しているか、それとも先に進んでいるのか、まずは探している方に賭けて探していたのだ。

　「女が消えて男三人がおろおろしてるのは、楽しい事態でもない。とっとと進もう」
　「ハハハ！　違いねぇな！」
　「……おい、そう見えるのか？」
　「なんだ、不満か。現にそうなんだからそう言ったまでだ」
　「いや、そう見えるんだな、と。別にいいんだ。気にしないでくれ』
　「……お前も、よく分からない奴だな」





　三人は目的地へ進んだ。
　一人が左へ、一人が右へ逸れた方角を探し、最後の一人が来た道を戻って見つからなければ、単純に考えれば先へ行っている、ということになる。その程度の考えだ。確かに道理ではあるが、この広い荒野では通用するとは限らない。
　そもそも目的地も定かではない。いつの間にか追い越し、迷う可能性も否めない。一揆の主導者の補助があるにせよ、期待できるかどうか分からない。

　「これで見つからなければ、俺達にはどうしようもないな」
　「そうなったらどうするんだよ？　ここで解散ってのもな……俺は一人でも問題ないが、そういう問題じゃないからな！」
　「見つからなければ考える。今は進むだけだ」
　「おお、それもそうだな！　……そういえば、俺達は何処へ行ってるんだ？」
　「知らん。テラーに聞け」
　「こいつはさっきからだんまりなんで……お、いたぞ！」

　話しながら周囲を見渡していた巨岩がふと目当ての人物を発見したらしい。
　次いで二人もそちらを見やると、肩にかからぬ程度に切られた金色の髪と身に纏った銀色の鎧が、陽の光を受けて輝いているのが遠目に見えた。
　向こうの方は少し前からこちらに気づいていたらしく、既に駆け寄っている最中だった。

　「……ロックの巨体は、見つける方も見つけられる方も便利でいいな」
　「皆さん！　探しましたよ！」

　少女は肩で息を切りながら本気で心配した声音を三人にかけた。

　「ちょっと目を離してたら、皆さんどこにもいなくなっちゃうなんて……心配したんですからね？」
　「おお、わりいわりい」

　そもそもロックと呼ばれる巨岩を見逃したという事態が珍妙であるが、その程度はこの四人の中ではそれほど珍しくないらしく、誰もその点には突っ込まない。
　

「そうそう！　あのですね、向こうにかわいいとかげさんがいたんですよ。ミニドラゴン、って言うらしくって……確か、あの子が目的地の鍵、でしたね？」

　女は男に尋ねた。先ほどから言葉を発していないその男——テラーは、口角を吊り上げて頷いた。


　テラーは思考する。どうやら、目的地に着いたらしい。
　“テラー”にとっての。或いは、そうじゃない誰かにとっての。