転がる蟹を避け、男は目当てのトカゲの元へ歩いていく。
　ふと、思い出したように呼びかけた。

　「次は森林を通って平原に戻る。準備が出来たら言えよ」


　目的の場所やら鍵やら言いながら、結局、やったことは戦闘だけである。
　もちろん敵の戦力を減らすことは大事だろうし、エンブリオと契約することはもっと大事だ。
　しかしその程度のことを鍵であると言うのだろうか？　いつもと同じ工程に過ぎない。

　グレンダは、男に問うた。

　「結局、ここには何しに来たんですか？」

　エンブリオと契約する最中だった男は、グレンダの方を見ずに彼女に向けてVサインを向けた。
　何か良いことがあったということだろうか。つられてグレンダもVサインを作る。だぶるぴーす。
　そういうことではなかった。

　「私の目論見が正しけりゃ、二つほど分かることがあった。言ってしまえばその確認、だな」

　てっきりこの後にその説明が続くものと考えたグレンダは、黙して先を促した。
　しかし、男はいつもは不必要なまでに喋る癖に、笑みを揺らがせたまま口を開かない。
　沈黙は数秒。言いたくないのか、言わないだけなのか。少し考えて、やっぱり聞くことにした。

　「……それで、その二つは分かったのですか？」
　「ああ」

　再度の沈黙。

　「……何が分かったんですか？」
　「ああ。後で、説明する」

　そして三度目の沈黙。
　言いたくないのだ。そうグレンダは判断した。彼女は人懐っこい笑みを浮かべて、

　「では、後で聞かせてくださいね！」
　「ああ……じゃあ、私達も探索するか」

　どうやら、契約を終えたらしい。
　二人は、既に探索に入ってる二人とお互い別方向へ向かった。



　


　グレンダは椰子の木に寄りかかって座り込んだ。
　しばらく探索しても、中々良いものが見つからなかった。徒労感と暑さは疲労を促進する。
　この不毛の砂地では材料が無いのも当然かもしれない、ましてや初めて来た場所だ。

　休みながら、彼女は先ほどの言葉を反芻する。

　グレンダは総じて言えば聡い女性である。そして、自身の判断を躊躇わない。
　男が言いたくないのなら、言う必要のないことなのだろう。そう判断し、それに基づき行動した。
　躊躇わない彼女は、常に後から悩んでしまう。それではいけないと思いつつも。
　果たして、自分はさっき聞きだすべきだったのだろうか。
　
　自分には確かに目的がある。しかし、その目的を果たす手段を知っているか、と問われた時に正しい解答ができる自信がない。
　グレンダも、CHJ-26も、ロックも。平たく言えば、知識がない。
　全員が異世界出身であり、この地に関する情報が不足している。
　そのため、それを知っているあの男——テラーしか明確な指針を出せないのが現状だ。

　かといって、考えていないわけではない。
　情報を集めたりして、なんとかおぼろげながら指針も見えてきたところだ。
　だから、そろそろ全員の意思を統一できるならそうしたい。しかし、彼は肝心なところをはぐらかす。

　何故、隠すのだろうか。
　自分の行為は正解だったのだろうか。


　——常識的に考えるなら、彼女は無理にでも聞くべきであった。

　明確なリーダーというものが存在しない（テラーは強制力を持たない）このパーティは、
　であるからこそ、お互いの主張を知ってすり合わせを行う必要がある。
　そうでなければそもそもパーティとしての体をなさない。

　無論、一揆のためのパーティとして集まっている以上、表面上は同じ向きを向いている。
　しかし、一揆の参加動機次第で、パーティを組むべきでないケースは少なくない。
　人斬り目的で参加している人間もいる、という話はまことしやかに囁かれている。

　だから少なくとも、各々の行動方針自体は公開すべきだ。
　グレンダとて、その程度のことは理解している。
　それでもグレンダは男の意思を尊重した。会って数日のその男を。

　何者かは彼女を“鏡”と称した。彼女の瞳が男を写した時、そこに何が見えたのか。


　『——……ろう？』
　『……は特に興味はない。しかし、“ノヴェリエ”が、……』


　あの男の、


　「お、グレンダだ！　おーい！　見ろよ！　いいもん見つけたぞ！」

　上機嫌の大声が、彼女の思考を中断させた。
　後方の上方から降り注ぐ声。ここ数日ですっかり慣れたリズムの地鳴り。
　ロックが探索を終えたらしい。助かる、と彼女は思った。めぼしいものなど分からなかったが、ヒントがあれば自分でも見つけられるかもしれない。
　ともあれグレンダは労いの声をかけようとしてそちらを向いた。

　「お疲れ様です！　いったい何を……わぁ！」

　椰子の木だった。

　実、などという可愛いものではない。ロックは椰子の木を引っこ抜いて持ってきていた。
　他に何も持っていないところを見ると、いいもの、というのはやはりそれのことらしい。
　不毛の大地を更に不毛にすることに関しては、出身世界が出身世界のため、恐らく気にしていないのだろう。
　そしてグレンダも気にしないらしかった。大したタマである。

　「すごいですね！　そんなおっきなものを……さすがです！」
　「いや、これはアイツが思いついたんだよ。ま、俺じゃなきゃ引っこ抜けなかったけどな！」

　自慢げにロックは胸を張った。アイツ、とは同タイミングで探索に赴いたCHJ-26のことであろう。
　しかし、まだここには到着していない。

　「そうなんですか？　えっと、まだいらっしゃってないみたいですけど」
　「おう。乗せてやろうとしたんだけどな。断られちまったよ！　これ以上暑くなるのは嫌だとさ」
　「そうなんですか……もったいないですね。……あ、じゃあこの木も引っこ抜いてもらえますか？」
　「任せろ！」

　グレンダは立ち上がり、先ほどまで寄りかかっていた木を叩いて示した。
　するとロックは木の幹を掴み、傘立ての傘を取るかのごとくあっさりと引き抜いた。
　メルンテーゼの環境に優しくない二人の探索が終わり、後は残りの二人を待つだけとなる。




　ロックが見つけたという頭蓋骨を手で弄びながら、白衣の男——CHJ-26が到着した。
　あとは男を待つのみである。男がいない間に、グレンダは二人に相談してみることにした。
　砂地にシートを引き、お手製の料理で懐柔にかかる。
　——男は胃袋から掴め、と姉の言う。意味はよく分からなかったけれど、とりあえず実践してみた。

　「……というわけで、後で教えてくださるそうです。どう思いますか？」
　「……テラーは、本当にそういうのが多い。掴めん奴だ」

　淡々とCHJ-26は述べた。
　相変わらずの無表情だが、少なくとも同意していることは二人も分かった。

　「俺は他人に事情を聞かない。だから、そういう隠し方をするとは知らなかったが」
　「水臭いよなァ、水は苦手だぜ！」

　なんだかよく分からない風に把握したらしく、ロックもうんうん頷いている。
　彼のサイズだと微妙に料理が足りるか不安だったが、問題ないらしかった。
　なにやら自分で自分の生態を理解していないようだ。彼らしいことではあった。

　「でも、いい人ですから。あ、お二人も勿論いい人ですよ！」
　「そうだな！　皆いい奴らだ！」

　それで纏まる話ではないだろう、とCHJ-26はひとりごちる。
　脳筋のロックと天然のグレンダは、話の空気に流されたらしい。なんだかそのまま終わりそうな気配だ。
　まあ、人に話すことで悩みは軽くなる。この話し合いに意味を持たせるとしたらそういうことだろう。CHJ-26はそう結論付けた。

　……そもそも、自分とて清廉潔白ではない。自分も、同じように——この、衝動を——隠している。
　何か言う資格が、あるわけではない。

　「……俺も、言わないことくらいあるからな。そんなものだろう」

　ただそれだけ言って、グレンダの返答を待たずに彼は料理に手を伸ばした。

　「やっぱりそうですよね。誰でも、隠したいことはあります！」
　「そうだな、話してくれるってんなら話してくれるんだろ？　じゃあそれでいい！」

　CHJ-26は食べながら、横目でロックを見た。誰よりも明快であり、誰よりも単純。
　深く考えない脳筋がゆえに、社会性、精神性の苦悩に網に絡み取られることがない。

　このパーティの支柱は、案外こいつかもしれないな。彼はふとそんなことを考える。




　


















　

　

　　　

　　　　羽織ったローブのフードを深く被り、大鎌を手にし対峙する。
　　　　　　うっすら、彼女の周りを薄い霧が漂っている様に見える。