私は知っている。
私は学んでいる。
私は得ている。
私は与えている。

楽しむのは、自分の為に。
損をしてでも、手に入れたい快感がある。
その為には命すら犠牲にする真の愚者たることが快楽主義者の本当の散り方である。
在り方ではない。

彼は今日も先日また新たに手に入れた玩具の手入れをする。
「エンブリオ」と呼ばれる道具の手入れ、彼が手に入れたソレはヒトの女性体を模したモノだった。
いつだったか、私も彼がそこに固執するのでそういうカタチになった。
ライアーと名乗る彼、本当の名前はなんと言っていたか…もう尋ねたのも随分と前のことで覚えていない。
彼とは黒鎖で繋がっているから、彼が得る喜びの快感に私も酔う。

私達は、黒き幕引き。

だから、どこまでも悪のお伽話をはじめましょう。

総ては——

彼は、魔術契約書を用いたやり取りでヒトを絡め取る事が多い。
自分で誤った判断をしたと自身に絶望させ、家族を犠牲にさせる。
魔術契約書は基本的に「ロウ・スクロール」と呼ばれる特殊な紙に記載された内容を魔術的に当人たちの間で絶対の世界法則として成り立たせるモノである。彼の場合、そのスクロールに僅かな細工がしてあり、魔術文字による記載を施し魔術知識のない相手には読み取れない視えない文字がいたるところに書かれている。
例えば、犠牲となる家族への謝罪の気持ちを抱かないとか、そう言った精神的な支配すらも可能としている。
笑って家から売りに出す父親と、その様子に混乱する母親に、親に捨てられたのだと絶望する少女。
連れて帰ると直ぐに彼による教育がはじまる。
悲鳴をあげる少女の声は私と彼以外には届かない。木造の宿屋の一室だが、この部屋だけは特別だ。
特製の結界が内部の音を一切合切外へと漏らさない。
少女の助けを求める声は誰にも届かない。
彼の笑い声が少女を染め上げる。

そして、しばらくすると私の仕事がやって来る。
商品にするのだから、少し心を壊した程度じゃ従順な商品にはならないから…

スッと姿を顕して彼と私を繋ぐ鎖——、
武装にして契約の証の黒い銀のようなもので出来た鎖が、彼の腕から意志を持った生き物のように肌を晒して虚ろな表情の少女に絡んでいく。
肉体的に——、
精神的に——、
この鎖は、支配する。
少女の体の中に染みこむように鎖は沈み込み、鎖が彼女を支配する。

ライアーにそう言われると女のカタチをした道具は頬を赤らめて快感に身を震わせる。

確かに自身の操る言葉は発音自体は日本語に近くもあるが、全く異なるもの。

言葉は通じない。けれど、懸命に理解しようと試みてくれるようにこちらにはうつる。
それが、素直に嬉しい。ぱっと表情は輝き、おそるおそる、とも見れるような差し出される手を両手でしっかりと握り締める。
ああ、大人の男の人の手は大きいものだ、と妙な関心をしながらその手を上下に揺らし。

まち、つまり敬称の部分はいらないと首を横に振りながら。
握り続けていた手をそっと離し、何かを話そうとして——、そもそも話題があるわけではない事に気づく。
ただ、単に、自分がぶつかっただけの関係。
けれど、それでは、と別れるには惜しいと考えてしまうのは、相手の見た目もあるだろうし、…こちらを理解しようと試みてくれるその態度もあり。

名前だけを呼んで。まずは相手を指差す。
そして、人差し指、中指で、地面を歩く足のように動かす。
その後、道の、右と、左、指差して。どっち？と問いかけるように。

最後に。相手と、自分を右手、左手で交互に指差して。
両手の人差し指同士を寄り添うようにくっつければ、…いいか？と確認するように首を傾げた。

とりあえず去るべき時間が来るまで、ついて、いきたいと、伝えようと仕草で訴え。

少女がそうして内心で少し安堵していた。
少なくとも今自らに話しかけて来たのは、普通の男だ。

でもどこか……

でも普通に話しかけてきてくれた事は僥倖だった。
強い調子だったらきっと困っていただろうから。

そんな内心の思考を中断し、少女は状況を整理する。

男の指摘は最もだった。足を止めるものこそ居ないものの、何事かと少女に目を向ける人は確かにいる。
少女はその視線に赤面しつつも言葉を返した。

自らが決して礼儀正しい振る舞いをしていない事を今更ながらに理解した少女は、一度姿勢を正した。

そう言って少女はそれまでとは打って変わった美しい所作で一礼した。
そう、本意では無い。こんな行き止りの生に……意味なんてきっとない。

そんな擦り切れた内心を押し隠し、続けて少女は正直に言う。
それが彼女の人となりとでも言うべきものだった。

青年が少年のことを慰めるかのように肩をポンと叩いた。
ハルと呼ばれた少年は特に残念そうな様子も見せず、ただボーっとしている。

青年に合わせるように微笑を浮かべた後、首を大きく左右に振ってみせる。

自分達の格好も、到底戦闘用のそれには見えないことは理解しているのだろうか。
少年の白と青年の黒とのコントラストは…相手にどこか不自然ささえ感じさせるかもしれない。