〇月　×■日　曇り

　——お母さん、私、負けちゃいました。

　なんだか、妙にテンションの高い人にぼっこぼこでした。
　割と落ち込んでます。
　今日はみんな、落ち込んでます。

　でも、それでも皆流石で、負けてもちゃんと立ち直りました。

　なんとか逃げ切って反省会をした後、絶対にリベンジするぞー！　って事で、意見が一致したのもうれしい所です。
　今度あったら、絶対に倒しちゃうんだから！

　……でも、お兄ちゃんにこの話はできないなぁ。
　そしたらきっと、意地でもこの世界に来ようとするだろうし。
　それは流石に、ちょっと恥ずかしいもんね。

　それよりも。
　そう、負けた事よりも深刻な問題があったんだ。

　お金が全然なかったんです。

　それはもう、びっくりするくらい。
　反省会の時にも話したんだけど、やっぱり皆、お金が無いみたい。
　私たちは食べる分には困らないけど、やっぱり何をするにも先立つものは必要で。

　明日は、しっかり報酬がもらえそうなところに行こうって事に決まったのでした。

　……でも気になるのは、どうしてモンスターとかを倒したらPSがもらえるんだろう？
　うーん、不思議。
　揚羽ちゃんに聞いてみたら何か分かるかな？

　って、そういえば揚羽ちゃん、テントを張ったあたりから見てないなぁ。
　どこに行ったんだろう？
　揚羽ちゃんの事だから一人でだって全然平気だと思うけど……。

　……あれ？
　とすると、もしかして晩御飯作ってくれる人居ない？
　わわ、どうしよう。自分で作らないとダメかな？

　うーん、料理なんて久しぶりだけど、うまく作れるかなぁ。
　そうだ、イオちゃんにも手伝ってもらおっと。

　——イオちゃんと一緒に作った料理は、思ったよりも好評で。

　こうやって一緒に何かをするのも、仲良くなるには必要なのかなぁって思った私でした。
　……作ってる最中も、また意地悪されたんだけど。
　うぅ、やっぱりイオちゃん、性格悪いよぉー！



　【Side揚羽】

　——唐突だけれど。
　人を殺すという行為について、少し私の考えを話しておこうと思う。
　もうすでに日記ではなく、ただの語りになってしまうけれどやむを得ない。
　私がとった行動にも少なからず関係してしまう以上、話さざる得ないのだから。

　私は、殺人、人殺しという行為について、異常な事だという意識はそれほどない。
　それはまぁ、そのように育てられて、最初に親友を、次に恋人を殺してしまった辺りで、色々と道徳的な事は吹っ飛んでしまったので仕方のない事でもあると思うのだけれど。不可抗力のような物だと思うのだけれど。

　そんなことは関係なく、私は人が人を殺すということを、禁忌的ではあっても、異常的ではないと思うのだ。
　その禁忌的さも、法律的な制限や、道徳的な観念、自分と同じ形の物を殺すという嫌悪感。
　そんな物が混ざるから、やってはいけない事、禁じられた行為、禁忌的な行為となるだけで。

　本来、人はごく当たり前に、とても簡単に、人を殺せてしまう生き物だと私は考えている。
　具体的な例を挙げるのは少しはばかられるので、遠回しに比喩してみれば。
　動物や虫の縄張り争いに例を挙げられるんじゃないだろうか。

　誤解を承知で言えば……というよりも、誤解されるつもりで言ってしまえば。
　人は言い訳さえあれば人を殺せてしまうのだ。
　さながら肉食生物が生きるために獲物を狩るように。家族を守るために殺し合いを演じて見せるように。

　そういえば、狩りをするのってだいたいはメスだよね。って事は、女の方が殺すことには積極的なのかもしれない。
　動物的には。虫的にも。

　……ともかく。

　もう断言してしまおう。
　人殺しという行為は、禁忌的であっても、異常ではないのだ。
　ティアと縁の深い青年に言わせれば、

『守るルールさえ、枷さえなけりゃ、誰だって人殺しだろ。
　誰だって殺すし、誰でも殺される。
　くっだらねえ。当然の事じゃねえか』

　ということである。
　そしてこうとも、

『ま、枷があったところで、その拘束力を衝動が上まっちまえば何の意味もねえがな。
　その瞬間、当たり前でなんの変哲もない人殺しの出来上がりだ。
　みんな大好きなくっだらねえ犯罪者だぜ、良かったな』

　まぁひねくれすぎてて呆れもするけれど。
　しかし概ね、そんなものだろう。
　詰まるところ、いくら禁忌的であったところで、それを越える理由が出来てしまえば、簡単に、それこそくだらなく当たり前に殺せてしまうのだ。

　とまあ、ここまでが前振り。

　たとえばこれまでの話がある一面での真実だとして。
　そんな風にあっさりと、当然の事のように人を殺してしまった人間はどうなるか。
　それがこの話の本題。

　さっさと答えを言ってしまうけれど、そんな人殺しはその一面の真実に気づいてしまうのだ。

　そして、恐ろしくなる。

　自分がこうして人を殺したのだから、自分もまた誰かに殺される。

　かもしれない、なんて可能性で語れないほど、現実味を持ってその恐怖はやってくる。
　なにせ、現に自分が殺しているのだから、他の人に出来ない道理はないだろう。
　それこそ、当たり前のように殺されたって何もおかしくないのだ。
　自分がそうしたように、理由さえあれば当たり前に殺せてしまえるのだから。

　思考がそこに至ってしまえば、もうまともな状態ではいられない。
　常に、どこから沸くともしれない殺意に怯え、いつどこで殺されるかもわからない恐怖に震えるしかないのだ。
　人は人を当たり前に殺すけれど、生きていたいというのもまた、当たり前の気持ちである。

　けれど、そんな状況に耐え続けられるほど、人の精神は屈強ではない。
　ともすれば、まともに生きてはいられない。
　壊れでもしなければ生きられない。
　まぁ、普通は耐えられなくて自殺したり、壊れておかしくなってしまう事だろう。

　ちなみに私は壊れた方だ。

　殺すなら殺されるだけの覚悟が必要とは、私がいつか習った言葉だけれど。
　なるほど、確かにその通りだと納得させられたものである。

　つまり私の、人を殺す事に対する考えは。

『当たり前の殺人行為は、当たり前の自殺行為である』

　そんな所だ。
　そして私は死に損ない。
　自殺に失敗して未だのうのうと生きている、壊れきった自殺志願者だ。

　……さて、長々と、永々と。
　人が人を殺すのは当たり前の事だと延々と繰り返してきたけれど。
　勘違いしてほしくないのは、私は別に人殺しを奨励している訳じゃないと言うこと。

　すでに二度ほど引用している彼なら、こんな風に言うだろう。

『人殺し？　んなもんダメに決まってるじゃねえか。
　くっだらねえ事聞くなよ。
　人殺しがいけない事なんて言うのは、人が人を殺すくらい当たり前の事なんだぜ？
　いいか、教えてやるよ。

　人殺しは犯罪です。

　……俺は人間じゃねーけどな』

　ま、そんな所だろう。

　——さて、長い前置きは終わったので、視点を戻そう。

　今は真夜中。再びの砂地。
　昼間の敗北でちょっと落ち込んでたティア達を置いて、単独行動してたんだけど。

「……………………」（ぷるぷるぷるぷる）

　……首に刀を当てられて、組み伏せられている女性が居た。
　ちなみに組み伏せているのは私だった。
　うーん、この恐怖に耐えてる表情というのも、なんともいいものだと思う。
　彼ふうに言うのなら『悪くない』。

「…………あの」

　気丈にも声を発した彼女に、少しばかり感心する。
　なるほど、コレは本当に、悪くない。
　こういう、がんばる子は非常に好みだし、望むところだ。

「うん、なぁに？」

　なので、私は作りなれた一番優しそうに見える笑顔で聞き返してあげた。
　……だって言うのに、彼女はいっそう顔色を青くしたのはなんでだろう。

「……あ、あのですね。わ、私はこ、殺されてしまうんでしょうか？」

　うんうん、動揺はしまくってるけど、ちゃんと状況認識は出来てるんだね。偉い偉い。
　偉い子はほめてあげないとね。
　長い長い髪の頭を、そっと毛にそって撫でてあげると、ますます彼女は混乱したみたいだった。

「え、あ、な、なんなんですっ！？　あ、貴女はいったい何のつもり——！？」

　なんだか泣きそうになってて可愛そうだったので、刀を納めて、開放してあげた。
　するとわたわたと起き上がって、涙目で私に対峙した。可愛い。

「……えっと」

「いやーうん、ごめんね。昼間の貴女がかわいかったから、ついちょっかい出したくなっちゃって」

　嘘だ。
　私の行動は、彼女がティアの障害となるようだったら、排除するか手懐けるべきだと思ってのものだ。
　彼女がもう少し『面白みの無い』相手だったらとっくに殺していただろう。

「か、可愛い……ふふん、それほどでもあるかな」

　うわぁ、ちょろい。
　おだてると木に登るタイプだなぁ、この子。

「……って、昼間というと……あ、私に負けた四人と一緒に居た」

「そうそう、貴女に負けた四人の仲間」

「——っ！？　ま、まさか仕返しに！」

　と、今更身構える彼女だったけど、色々とだめだめだった。

「……ううん、半分くらいそのつもりだったけど、もうそんな気は無いかな」

「そ、そうですか……よかった」

　どうやら心底ほっとされてしまったようだ。
　本当にちょろいなこの子。
　とはいえ実際、今更彼女をどうこうするつもりはすっかり無かった。
　彼女程度の相手を突破できないようなら、ティアをもう一揆に関わらせない方がいいと判断して。

「まぁ、その代わりと言ってはなんだけど、元同業の身として一つ聞いてもいいかな？」

「元同業……やっぱり……。はい、私じゃ貴女に逆らえないのでなんでも聞いてください」

　そして即座に正座だった。
　意外と切り替えがはやい。この子は長生きするなぁきっと。

「……じゃぁ、質問だけど。何で昼間、あの子たちを殺さなかったの？　やろうと思えば出来たでしょう？」

　その質問は、ただの気まぐれだった。
　彼女を少し気に入ったのと、昼間の光景を見ていて思った、些細な質問だった。

「…………！」

　彼女はなぜか、驚いたような顔をして私を見ていた。
　私からそんな質問をされたからでもあるのだろうけど、どちらかといえば加減をしていた事に気付かれたのに驚いたようだった。
　けれども、それもわずかな間のことで。直ぐに、それも当然か、というような表情を見せて、悩みもせずに答えた。

「だって、殺すのは怖いじゃないですか」

　即答だった。
　驚いていた間はあったにせよ、ほぼ即答と言えた。

「……殺すのが怖い？」

「怖いですよ。……いえ、正確に言えば『殺してしまう事で殺される事』が怖い、ですかね」

「……そう」

　そういうことか。やっぱりそうだったのか。
　もしかして、とは思っていた。
　彼女の攻撃は、鋭く行動不能にする攻撃は目立っていたけど、命を奪うタイプの攻撃は皆無だったから。

　殺してしまう事で、殺される。
　彼女はそれを分かっていたから、ティア達に止めを刺そうとはしなかったのだろう。

「まぁ、ですから、私はあまり、殺しとかしたくないんですよ」

　彼女は。だからこんなところに居るんだ、と。そう話した。

「……気に入った」

「…………？」

　疑問符を浮かべる彼女に近づいて、その頬に手を添える。
　もう一方の手で長い髪に触れると、彼女は赤くなって金魚のように口を開閉させる。

「な、なにを……！？」

　そんな彼女の様子に、自然と笑みが浮かんだ。

「ねぇ、貴女、少し私と遊ばない？」

　——そして、彼女とほんの少しの短い夜を過ごした。

　……勘違いされないように言っておくと、いかがわしい事はしてない。どちらかというと健全、だったはず。
　何せ、健全に最大限手加減して、殺し合いをしてあげただけなのだから。
　むしろ、稽古を付けてあげたようなものだ。うん、超健全。条例にも引っかからないね。

　……いや、まぁ、うん。
　そういうちょっかいも、ださなかったわけじゃぁ、無いけどね？

ぺたぺた頭や腰を触って、やっぱり何も出てないのを確認して。

ねこぞくが再度ティアに槍を軽く当てる。
……それと同時に、何かが伝わってくる！

ただの自己紹介だった。

そして伸ばされた手に肉球を当てるどうながねこぞく。

両方の前足(？)で交互にティアの手をムニムニ押すねこぞく。
どうやら遊んでいるつもりらしい。

ごそごそ……

ロベリアは満開の花畑を思わせる爽やかな笑顔で、
香水を渡した手を握ってぶんぶん上下に振った。

そういってフィリアスは、こちらの周りを嬉しそうに飛び回る。

　クロエはティアの話を楽しそうに聴いている。

そう言うとハルコは荷物の中から、牛さんマークのとれたて牛乳をとりだした！

話しかけてくれた少女に、微笑んで言葉をかえしました。