「……ふう……」

　今日は流石に疲れた。相手が相手だったことが、その理由の一つだと思う。
あの兵士達、なかなかの強さだった。下手すれば負けかねないほどに。
二日前に戦ったあのマーメイド達とは、全く訳が違う。これが、『王』の駒。

　ちらり、とフィアの方を見やる。その顔にははっきりと疲労が浮かんでいた。
当然か。この世界に来るまで、戦った事なんて一度もなかったのだから。
初めての強い相手。敵対する人間との戦い。——今まで受けた事のない、明確な殺意。
それらは、普通の人間の心を打ちのめすのには、十分な力を持っている。

「……」

　私だって、そうだった。
初めて殺されそうになって、ナイフを握って、敵に立ち向かって。刺して。
その時は、しばらくはご飯を食べることができないほどに消耗した。

　私がそうだったように、フィアもこの感覚に慣れていくのだろう。
それがフィアにとって幸せな事なのかどうかは、私にはよく分からないけれど。
——私と同じ所まで身を落とすべきではないという事は、はっきりしている。

　明日はもっと、彼女やヘイアンが楽をできる日であれば良いのだけど。

「……」

　いや、訂正しよう。
『野営の準備』という一点においてだけ、フィアはもうちょっと苦労してほしいと思う。
明日は、試しに私が釣りの係になる、と提案してみよう。どう返されるだろうか。

　
　声をかけられるその先に、その朱の瞳は未だ知らぬ来訪者を見つめ返していた。
　声を聞いて敵対する存在ではない、という事に気付いたのか。
　全身を覆う緊張感は幾分か和らいだかのように感じられた……のだが。

　
　あぁ、止まらない。どうにも口が止まらない。
　今一つの問題としては話しているのが彼自身ではなく、
　その首に巻き付いているマントであることだろうか。

　
　丁寧な口調で、五月蝿いマントの言葉に打ち消されない声で答える。
　逆に雑音の中でこそ、聞こえる声なのかもしれない。

　
　そう言って、答えを待つ。
　少しだけ微笑むように表情を見せて。