ENo.928 蒼月樟葉

TURN-8

―――フリスト。

タルタスからアンジニティの旅を始めたモノが始めて知るタルタス以外の街、それがフリストだ。
タルタスより凡そ６日の行程を経て辿り着くその街は閑散とした廃墟の様な街。
旅半ば、タルタスへ戻るにも、次の街を目指すにも実力不足を痛感し身動きが取れなくなった者達の棺。
辛うじて街として最低限の体裁を取り繕ってはいる物のタルタスのような一種の賑わいは無い。
店には書物が並んでいる、それは進むも戻るも出来なくなった者が綴った極々初歩的な技術書。
それは非常に高価で、タルタスからフリストへ移動する最中で手に入る資金では購入は不可能である。
もはや唯の自己満足なのだろう、そうする事でストレスから逃れているのだ。
執筆者の状態を想像し顔を顰め、手に取った本を戻した。

「はほへはふうふーへへほへはふうふーなほふへふはひふへへ―――。」

「何言ってるのかわかりやせんね」

「そろそろ口に突っ込んだタコの足飲み込めよ」

三人はこの先へと進むための食料を買いに来ていた。
ブルームーンは口の中一杯に何かを入れソレを咀嚼している様で、
フリストに入る前から現在までこのような調子だった。
口の中に入っているのは巨大なタコの足の先端だ。
何故そんなモノを咀嚼しているのか、それは街に入る直前に襲ってきた巨大タコとの戦闘によるモノだ。
タコは触手を操りながら気に入った相手に自らの足を差し出し、
「しゃぶって・・・みるか・・・？」
と語りかけてくる謎の習性がある。
タコの足の中にはモノを掴むためのモノの他に繁殖器を備えたモノが一本含まれているのだがもしかしたら繁殖目的の行動なのかもしれない。
が、それは比較的如何でも良い事だ。
差し出された足（実際には腕なのだが）を躊躇い無く口に含み。
吸盤の隅々まで嘗め回した後。
ブルームーンは食べられると判断したのか、
思い切り牙を立てその足の先端を噛み切ったのだ。
そんなところからずっと噛み続け、もはや味もしなくなったであろうモノのお陰で何を言ってるかわからないのだ。

「はんへふはへへほふふふふはふははひへふほほ」

「値は張りやすがこちらのぽうしおんとやらのが良いんじゃねぇですかい？」

「じゃあそれで」

「ほふー！」

「後は食料なわけだが―――。」

そういって野菜を手に取ろうとするレコット。
指がみるからに不味そうな野菜に触れようとした瞬間。
何か巨大なモノを飲み込む「ごくん」という音が他人の耳に届くほど響いた。

「にっくっ！　げほっ」

「咽る程の事か」

「今すげぇ喉膨れてやしたよ」

「にーくぅー！」

「不味そうだぞ」

「たけぇですよ？」

「肉が肉である事以外に何の問題があるというのか！」

「じゃあその不味そうな肉人数分」

「現代では考えられない産地も種類も分からない肉を手に入れた！！」

「結構な買い物になりやしたねぇ」

「残してても使い道ないしな」

「わーいにくにくぅー」

「ここ出るまで預かっとくから」

「えぇー！？」

「お前食うだろ絶対」

「タコ齧ってるから大丈夫だよ！」

「さっき飲み込んでやしませんでしたかい？」

「戻すから大丈夫だよ！」

「きたねぇから止めろ」

そんなこんなで無料と書かれた箱に詰め込まれた野菜や果物のクズをごっそりと纏め市場を後にした一行。
場所と時刻だけ決めそれまでは自由行動となった。

ボロボロになり少し体重のあるモノが座ったら途端に崩れてしまいそうなベンチに腰をかけ果物クズをポテトチップスのように食べながら街の様子を伺う。
外を出歩いているその殆どがタルタスから来た者達で、疲れた顔をしていたり負傷してたりだ。
フリストの住民はそもそも数が居ない上に引きこもりばかりの様で市場で商売をしている者以外は全くといって見かけない。
その商売人もまた覇気が無く弱そうで、声を出すのも億劫な様子。
必要最低限のコミュニケーション。
―――この街は居るだけで気が滅入る。
しかしながらそんな状況で商売が成り立っている事が不思議だ。
あの店主の様子ではならず者ばかり集まるこの世界では略奪が起きても当然だろう。
態々対価を払って購入するのは間抜けと罵られる様な世界の筈だ。
タルタスでもそうではあったがフリストではより容易く見える。
しかしソレが起きない。
道中や近辺の戦闘で疲れそこに使うエネルギーが残っていないという可能性も無くは無い。
だがそれだけでは説明がつかない。
そこには絶対遵守な秩序めいたなにかがある様な気がする。

「こういう脱出系の場合、街みたいな非戦闘区域で戦闘すると頭が吹っ飛ぶとかさー
　思ったより皆良い人だったとかさー
　ＰＳを支払う事を……強いられているんだ！
　みたいな感じなのかなー」

一人で喋っているのだが他人には見えないメリアに話しかけているが……返事が無い。
半透明なその姿を探しても見当たらない。

「……あれ？」

微かなノイズ音が走り、メリアが半透明の姿を現した。

『すこし席を外していました。何か御用でしたか？』

「トイレでも行ってたの？」

『そういった行為は必要無いので。
　貴方にばかり構っていられるほどこちらは暇ではないのです。』

「そういえばimitationもなんか忙しそうだったけど
　何やってんの？」

『そういった質問は受け付けていません。』

「ケチだなー　せめて私に関係あるか無いかだけ教えてくれない？」

『関係ありません。質問は以上ですか？』

「えっとね、非戦闘区域での商売に関してなんだけどかくかくしかじか」

『それに関してはそちらの世界独特のシステムが働いています。
　通貨になっているPower Stoneは硬貨などではなく１つの石に魔力を溜め込んでいます。』

「うん、知ってる」

『そしてその石から別の石に魔力を譲渡する事で取引が行われています。
　そして支払った魔力を使い物質を召喚しているのです。』

「えーと、つまりPSに入ってる魔力を使って食料やらなんやらを出してるから
　それらそのものは店頭に並んでないし、並んでるのは見本って事？」

『そういう事です。』

「それって逆に言えば別に街じゃなくても出せるって事？」

『はい、その方法さえ知っていれば可能です。
　Summon Beefが代表的です。』

「って事は今回の冒頭で触ってた本は……」

『商品見本なので立ち読みしても効果はありません。』

「なるほど、所で流石に払ったPS全て使って出してたんじゃ商売にならないよね
　利益がないとダメなんだから、どの位なの？」

『術者の手腕次第ですが一般的には値段の１割が利益になる様です。』

「そんなもんかぁ……召喚使える私も出来るのかな？」

『あなたの召喚はカードに依存しています。
　そういったカードが手に入れば可能でしょう。』

「Summon Beefか……欲しいな……」

『以上ですか？』

「うん、とりあえずいいや」

『では本日の業務はこれで終わらせて頂きますので。』

「やっぱ忙しいのね？」

最後の問いに返って来る言葉はない。

「……相当忙しそうだなぁ、
　imitationだけならまだしも他の連中まで動いてるなんて、
　一体何をしてるんだか」

imitation本人だけではなく周りの者も忙しくなる状況―――。
考えられる中で一番可能性が高いのは防衛の為、か。
つまり拠点を攻められるような相手と争っている。
その相手もやはり拠点と自分以外による攻撃が可能な従者が居る。
となると魔王級、且つ上位の存在か。
はたまた同位神―――。
まぁそれらならば私に関係が無いというのは真実と取れるし。
ここアンジニティに居る間はこちらから関与出来ないし、あちらから直接関与もないだろう。
うん、考える必要は無い……かな、もしimitationの身に何かあった場合此処からの脱出の希望が潰える可能性があるけど。
その可能性は億が一にも無いだろう。

自らを振り回す存在の動向を推察しながら果物クズを手に取ろうとすると感触が無い。

「あれ、もうなくなっちった？」

野菜と果物のクズを入れておいた袋を逆さにして振ってみるが何も出てこない。
どうやらいつの間にか完食していたようだ。

「はぁー　まぁ大分体調も戻ったし集合場所に行きますか」

よっこいしょ
と年齢を感じさせる掛け声と共にボロボロのベンチから立ち上がり、街の南へと歩を進めた。