ENo.9 ツィエルアーシャ・エロ＝サヴァーレン

※残酷・グロテスクな表現があります
※苦手な方は＊＊＊＊＊をページ内検索して飛ばしてください

開ききった瞳孔。だらしなく開いた唇。
それは私の下で喘ぐ男の。

瞳の中に映る私。

「どうかな？気持ちいい？最近していないから心配で…」
「はっ…はぁっ………っぁ」

載せた掌で優しく撫で、ゆっくりと肉の割れ目を開いていく。
指を捩じ込み中を解すように。
くにゅ、くにゅ、くにゅ、くにゅ。
あくまで優しく。爪も綺麗に丸く削って来たしきっと大丈夫。

「ぅぃぃ、っく…ぅ」
「気持ちいい？気持ちいいなら嬉しいなぁ」

答えは返ってこない。指をくねらせればビクビクと仰け反る。
気を失っているわけじゃないから平気だろう。

あふれた体液がぬるりと溢れる。塗りつけて更に擦る。
熱く蠢く肉はなんとも気持ちがいい。

「そんなに涎を垂らして……嬉しいよ、とても」
「ぁああ…ぅ、ぅぅぁ………」

傷口に指を突き込まれ中を掘り返されるのはそんなに、こんなに！

「ねえ痛い？痛い？素直に言って！その方がもっと―――もっと嬉しいな！」
「アアァァァアアアアアああぁぁ！」

私の言葉に引き金を引かれたのか血混じりの絶叫が迸る。
命の全てを掛けたような、魂を絞られるような！

手の甲までを腹部に潜らせてぐりぐり、ぐりぐり。
彼は何を感じているんだろう。
あぁ、違う。どんな風に感じているんだろう？

「ぎあぁッ、っぎ、ぐ」
「そう、痛いって大事なこと！大事な大事な、生きていくための大事なものだよ！」
「あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ！！」

私にないもの。
失ったもの。
快楽主義者が持たざるもの。

「そうだね、私だけ何もないのは駄目だな。大丈夫、平等に感じよう！」

左手で陣を紡ぐ。氷結の魔術に嵐風の魔術を併せたそれは凍てつく嵐を喚んだ。
氷片を浮かばせ荒れ狂う煌めきの渦。
ダイヤモンドダストのように幻想的な。

踊る。踊る。風に巻き上げられ氷片で打ち上げられて。
紫色の髪が生き物のように跳ね回る。

「っはは、冷たいのに熱くて気持ちが良いね！生きてる温度！」

自分の上で踊り狂う女が笑う。露出の多い服は切り刻まれ血が滴っていた。
その色は薄い。トロリとしていて、血というよりは何か、潤滑油の、ような。

悲鳴を上げる。腹の中の手に、じゃなく、血が体に触れて。
雨のように降り注ぐ赤。

「血も涙も一応あるんだよ、冷たいだけで。これが冷血ってことかな？」

びしり。音を立てて凍りつく薄赤い液体。血が凍る。肉が凍る。
度が過ぎた温度は痛みに変わる。
氷嵐も意に介さず化け物が笑う。笑う。笑う。

「ぁああはははハハッ！痛いって…痛いって、なんて！」

気持ちが良い！！

目の前が暗くなる。寒い。痛い。
それでも意識は堕ちてくれない。

「痛くて寒いよね、大丈夫、全部、気持ちいいけど、解ってるから！」

飛び散る血で肥えた氷片に腕を脚を胴を貫かれ、それでも笑う女の形をした何か。
その口が血を吐いた。自分が血を吐くのと同時に。
噎せて、噎せられなくなった。固まった、血が。

目も閉じられず。
耳は塞げずに。
逃げ場なし。

ここはアンジニティ。否定の世界。
罪が、咎が集う場所。弱者は蹂躙されるも已む無し。

「　　　！　　　！」

内臓が凍る。凍って削ぎ落とされる。

病的に白い真っ赤な指が指をくねらせ黒い肉を飛び散らせる。

目が赤く。髪が黒く。黒い翼の化け物が笑っていた。

素敵なことだね。
痛みを分かち合う。
溢れる痛みを共有する。

苦痛は苦痛と感じる間もなく快楽にすりかわる。
サディスティックか、或いはマゾヒスティックかは判らない。

私は痛みを感じない。己の痛みすら感じないのだ。

他人の痛みなど、言わずもがな。

（ここまで）
＊＊＊＊＊

「遅かったじゃないか。少し心配したぞ」
「ごめんごめん。ちょっと遊びすぎて…」
「ツィエルさぁん？」
「ごーめんってば。さ、今日も頑張らないとね」

無表情で声を掛けてくるシンに手を合わせた。むくれているエミルの頭を撫で、薬剤を準備する。
思いの外、後始末に時間がかかってしまった。
でもまあ代わりに疼きは治まったし、戦闘に集中できると思えば総合的にはプラスだろう。

で。戦闘は楽に終わったのだが。

「春菊交換会？」
「ハロウィンに続き、というところだ。参加するだろう？」
「するだろって言われても…」

おにくを解体しながら右手を見る。そこには今しがた見つけた春菊があった。
独特な匂いの、ぶっちゃけ臭いアレだ。美味しくもない。

平穏という精神力、ひいては魔力を回復するという付加。
それが出せるためここ最近贔屓にされていた『素材』ではあるのだが。

「なかなかの物体や屑鉄需要の高まる今、いま一つな感は否めないが」
「春菊と見せかけた別の何かかもしれないってことも、そりゃあるよね」
「ばんのーアイテムですよねっ」

名前を好きに付けられるというし、こういうイベントを逃す性分でもない。
その昔、七夕に降り注いだ針のように『同じ名前でも本質が違う』ということもあり得るだろう。

…しかし。

「これ以上はもう要らない…けどなぁ…」
「春菊、ふたつありますよねツィエルさんは」
「一つはシンが見つけたものだけどね。さて…まあ参加はするけど」

春菊をまとめてビニール袋に包み、もう一枚袋を重ねて荷物に放り込む。
こうしないととにかく臭いのだ。そもそも野菜が好きじゃない。

逃げるおにく、もとい逃げ損なったおにくの儚い望みを踏みにじる肉食主義者である。
真ん中の方は新鮮だから取っておいた。食べるかは未定だ。
立ち上がり草を払う。肉の破片は踏みにじって地面にプレゼント。

「何はともあれ春菊の名前を決めちゃうかな。そういえばそろそろクリスマス？」
「ツィエルのとこにもあるのか。冬の風物詩だな」
「プレゼント…！」
「ん？エミルも知ってるのか、クリスマスは」

エミルが目を輝かせた。くしゅくしゅと髪を混ぜてやると期待に満ちた視線を向けられる。
といってもここはまだ街から離れた場所だ。服を買いに行けそうにない。
何よりアンジニティでクリスマス商戦が起こるとは考えにくく、つまるとこ雰囲気は味わえないと思う。

子供の夢を打ち砕くのは趣味じゃない。
子供が夢を見ない世界ほどクズな場所はないから。

「春菊ねえ。また動くシリーズでいいかな」
「シリーズなんですか？」
「とりあえず動いていれば他のと違うアイテムだって解るじゃない？」

イベントものであっても、使わずにいれば存在を忘れることはままある。
荷物を整理する際にようやく思い出したり、というのはよくあることだ。

「使い忘れることは無くなるかもしれないが、ゲテモノじゃないか」
「切り身の肉が動くんだから普通じゃない？」
「言われてみればそうだな」
「そういえば、動く草とかはいないかも…」

動く植物はまだ見たことが無いが、動く肉なら今しがた戦ったばかりである。
人魚と草賊、ゴブリンにカマドウマ、逃げるおにく。荒廃した場所だし植物は動く程育たないのだろうか。

「それはそうと、シン。体調は？」
「………………」
「技、使いすぎですよぅ…」

珍しく居心地の悪そうなシン。眉を下げるエミル。
私は懐の水晶を取り出し夢幻の力を注いだ。夢とは記憶の整理であり、その片鱗である。
私が『観』た記憶を映すのは雑作もない。

『問題ない。氣を高めて行くか　魂幹啓上』
『呪を禁ず、ゆえにその魔力を頂こうか　騎突』

いつものように素早く構えるシン。すぐさま始まる槍舞。
勇ましい舞に導かれ、肉とカマドウマの魔力がシンへと注がれていく。
見つめるシンとエミルにはいつもよりハッキリ魔力の軌跡が見えただろう。
これが滑稽にも魔女を名乗る私の視界なのだ。

それはそれとして今ので技は2つ。
山での敗北が未だ響く私たちが、持久を温存するための限界である。

『自然に優しくない気がするけど、アンジニティだしいいか　蕩かす雨』
『おひさまぽかぽか。』

溶かし枯らす雨が降り注ぎ直後に太陽が大地を照らした。この時点で1つと1つ。

『少々強めていこう。なに、すぐに戦闘も終わるさ　呪禁歌【氣失】』

あの舞と一緒に奉納する歌なのだろう。低い音は魔力の流れか。
これらは1つとしてカウントされるからいいとして。

『軽く頂こう　指突』

鋭い突き。3つめだった。

『…ん、会逢いたい、な…　暗闇で呼ぶ名』
『ひなたぼっこ。ぽかぽか。』

この時点で私は2つ、エミルは1つ。シンの額をつぅと汗が伝う。

『さて、耐えて見せろよ…すぐに終わってしまってはな　墜天』

すっかりお馴染み、というわけでもない『蝶のように舞い蜂のように刺す』三撃。
これで4つ。どう見ても動きすぎです本当にありがとうございました。

『お風呂のことを思い出すの。』

ぷかりと淡紫色のシャボン玉が浮いた所で映を切った。ここまでで充分だろう。
シンは手頃な岩に腰掛け、片手を上げた。

「降参だ。本当にすまなかった…新しい動きを模索していたらうっかりしていたんだ」
「そんなことだろうと思ったよ。街に止まるには少し不安だなぁ…」
「シンさん体格も高いし、ごはんはあんまり無いんだからむりしないでくださいね？」
「一人だけ『やばい』だしねぇ。ま、私が言えたことじゃないけど」

この中で一番体力のない私が体調が良いのは不思議なのだが。
何はともあれ私もエミルも適当に腰掛け力を抜いた。

「今夜はゆっくり休もう。というか明日は移動を控える？」
「…仕方ない。大人しく春菊で遊ぶとするよ」
「あぁ、なまえーっ！どうしよう！」

やや肩の力を抜いたシン。ぱたぱたと周りを見回し名前を考えるエミル。
それに癒されながら私は薬剤をぶちまけたのだった。