ENo.757 パン製造機械と少女

『再会』
Eno.3 満月の森　夜明の海　王たる者と騎士さんをお借りしました！
（時系列と物理的な距離に不整合な点がありますが、ご了承ください）

「ここはスティルフの街です」

町人Aはそう答えた
フィルンは頬をぽりぽりと掻きながら首を傾げる

「あれ、さっきまでオルゼの付近だったはずなのに、なんでスティルフ？」

周りを見渡してみるがPMの姿は無い
なにがあったかを思い出す様に頭を抱える

「確か、ゾンビに負けてから、オルゼの街を抜けて…」

そう、その後六人の戦闘中の立ち位置というか配置の変更をしようという話しになった
それでフィルンとラスコフを入れ替えてじゃぁ出発、というところでパーミルが突然「海が見たい！」と言い出して走って行ってしまったのだ
追いついてくるという話しだったのだが、海で大分時間を費やしてしまったらしい、合流は翌日になりそうだった

「うん、というところまではいいですね。で、確か合流は今日の移動で合せる手筈、と。あ、そうだ春菊交換会か」

ぽむと手を叩いて思い出す。もうじきクリスマスの季節らしいのだ。それに合わせて今冒険者達の間でブーム（？）になっている、春菊を一斉配布してくれるイベントがあるらしかったのだ
タダでもらえるなら参加しない手はないと、参加します、ボタンをポチッと押したのを思い出す

「そっかそれで名前の登録と春菊選びにここに飛ばされたんでしたっけ」

ちなみに買い物は出来ないらしい。PMもきっと参加しているはずだが、今一状況はわからない。だがまぁ、適当に時間がくれば合流できるだろう
そうしてフィルンがさらさらっと登録を済ませ春菊状のパンを受付に渡す

「パンだけど元は一緒だから大丈夫ですよね。っと、あれ…？」

帰ろうかな、と踵を返したところで遠目に見覚えのある顔に気付く
その人物は広場から大通りに続く目抜き通りにちょうど差し掛かったところだった
彼女も用事が終わったのかのんびりと歩いている

「あぁ、こっちに来てたんですね。やっぱり知ってる人結構来てるのかなぁ。…ん？でもちょっと様子が違うような…」

目を凝らして見てみるとフィルンの記憶とは微妙に差異があった
まず黒く光る硬そうな鎧を着ている。今までドレス姿しか見たことがなかったので違和感を最初感じたが、思っていたよりもしっくりと似合っていた
そして大きな差異がもう一点。彼女に仕える従者の姿が見えないことだ。たまたま離れているだけ、という可能性もあるが、その割には連れなどいないひとり身のような身軽さで躊躇無く歩いていた
気にはなったが構わず声をかけることにする
向こうはまだこちらに気付いていないようだ。その代わりに何か匂うのかスンスンと鼻をならしている

「フィスさーん。お久しぶりです。元気でしたか？」
「えっと、…誰かしら？」

フィルンがフィスと呼びかけた女性は小首を傾げて頭にハテナを浮かべている。とぼけている、というわけでもなさそうだ。明らかに初対面の何かを見る目でこちらを見ている

「あれ？あ、外見変わったからかな。私です。フィルンですよ」
「フィルン？ごめんなさい、ちょっと名前だけじゃピンとこないわね…。それと私の名前はリンディっていうのよ。姓は無いわ」
「リンディ、さん？フィスさんじゃないのですか？人違いだったかな」

フィルンも同じ様に首を傾けてしまう
異なる服装を纏い、こちらを知らず、名前も違えば、これはもう別人と判断するしかない。ただその割には余りにも良く似た空似になってしまうが
フィルンも話し掛けた手前どうしたものかと、困っていると聞き覚えのある若い男の声が聞こえた

「主、また知り合いを装ったナンパかもしれません。気をつけてください」
「またなのかしら。でも、女の子よ？生き物ではなさそうだけど」
「そういう趣味のものということもありえますので」

声は少なくとも助け舟ではないようだ。フィルンにもばっちりと聞こえるくらいに唇が動いて話し合っている。しかしその声にフィルンは鋭く反応する

「ベルシー？今の声は間違いなくベルシー！やっぱり一緒に来てたんですね。って、あれ、どこにいるんです？」
「目の前にいるぞ。それと『私』の名前もリンディだ。間違えるな」
「へ？フィスさんがリンディさんで、ベルシーもリンディさん…？っていうか今喋ったのってリンディさんじゃ、いや、フィスさんの方のリンディさんが喋ったようなって…、あぁもぅややこしぃーっ！」

混乱をきたしたフィルンが頭をかきむしって天を仰ぐ
確かにわけが分からなかった。目の前の一人の銀髪の女性からは二つの声が聞こえてきているのだ。そしてその声はどちらも聞き覚えのある声のはずなのに全く違う同じ名前をそれぞれ名乗っている
フィルンでなくても混乱しようというものだ

「とりあえずナンパって感じじゃなさそうね。それにその名前を知ってるってことはあの頃の知り合いかしら」
「だいぶ前ですね。確認してみましょう」
「フィスさんの顔でベルシーが喋ってるよぅ…（しくしく）。あれ、それって名前を変えたって事なんですか？」
「名前というか存在の名称ってところかしらね」

さらりとリンディが返すが今一フィルンは分かっていない
ベルシー声のリンディが静かになったところで、フィスの声音で喋るリンディが言葉をつなぐ

「それで、貴女の事を思い出したいから少し自己紹介してもらってもいいかしら。どんな人とか、私達とは何があったとか」

フィルンが少し不思議そうな顔をする。
偽島。そこでの出来事はほんの一年前のことだったはずだ。それに例の大洪水で島を出た後にも一回会っているのだ。こんなに簡単に忘れてしまうものなのだろうか

「え、えぇ、いいですよ？私の名前はフィルン。パン製造機械とそのパンのゴーレムことフィルンです。フィスさん、リンディさんの方がいいのかな、とは去年偽島という所で出会いました。偽島、は分かりますか？」
「偽島…偽島ね。名前は思い出したわ。懐かしいわね」

リンディが目を細めて遥か昔を懐かしむように遠く見る
よほど朧げな記憶になっているのか反応は曖昧だ

「えぇ、とそこで色々ありましたけど、やっぱり思い出っていったらアレじゃないでしょうか。魔王パン。アレが出会いの切っ掛けですしその後もそれで色々ありましたし」
「魔王…パン…？主、なにか思い出してはいけない何かがあるような気がするのですが…」
「あら、そんなにまずい記憶なの？」

フィルンが思い出、と言われて真っ先に飛び出してきた単語
魔王パン
様々な出来事がその単語には詰まっていた。フィルンとしても多少忘れたほうがありがたい過去になりつつあるが、それは事実として燦然と残っている
念の為フォローしておくと、魔王パンの材料は魔王である。余分な物は何も入っていない。原材料の８０％が魔王という恐るべきパンであった

騎士の声がなんともいえない声色で返答する

「そうですね…。思い出さなくても損しないような気がします」
「あらそう？じゃぁやめておこうかしら」
「Σ！？せめて思い出す努力ぐらいはしてくださいよぅ！？」

思わずフィルンが悲しげな悲鳴をあげる。仕方ないといった風情でリンディが目をつむり何かを思い出そうと考えている。

「ん〜。あらこれ大分前の記憶ね。うん…。あぁ…、そっか。そうね。貴女は『フィルン』なのね」
「思い出してくれましたか？ふぅ、よかったです」
「そうね、再開の挨拶はどうしようかしら。バケツの水でいいわよね？」
「やめてぇ！？本体に強制送還されちゃいますからっ」

記憶を探ったのか思い出した所でリンディの目付きが僅かに変わる
懐かしむ様な視線でフィルンを水浸しにしようとしてくる
大量の水はフィルンの天敵なので、バケツ一杯などくらったらそのまま砕けてボロボロになることうけあいである

なんとなく冗談だとわかりつつも慌てて制止したフィルンが不思議そうに尋ねてくる

「それでフィスさ…、じゃなくてリンディさんか。ほんの一年ぐらいの間ですけど何があったんですか？ベルし…の方のリンディも同じ口から喋ってるし。そんなに思い出さなきゃならない程前でしたっけ？」

いやみではなく純粋な疑問、といった感じでフィルンが聞いている。さすがの鳥頭ならぬパン頭のフィルンでもそうそう忘れていないのだからよっぽどのことなのだろうな、と思いつつの問いであった

「大したことじゃないわ。単に時間が長く流れただけよ。そう、ほんの７００年ぐらいね」

さらりとリンディが答えるがフィルンは吊り目を見開いて驚く

「えっ！？な、ななひゃくねんですか！？私が一年バタバタしてる間に７００年も…。それは相当色んな事があったんですよね。それならすぐ思い出せないのも仕方ないか…」
「まぁ、そういうわけだ。そういえば貴様の方も少し変わったようだな」
「ん、そうですね。二人程じゃないですけどね」

フィルンも白い体から焦げた褐色になったりと大分変わったつもりだったが、変化の度合いでいえばとても敵わない程の変わりようであった
フィルンの知っている二人は、ゆったりとした優雅なドレスを着こなす超常の魔王とその魔王を守る為に騎士になった純粋な従者の組み合わせであった。永遠にずっと一緒にいると言っていたのを聞いてはいたが、まさかそれで二人が一人になってしまうなんてフィルンは想像もしていなかった。

鎮痛の面持ちで二人に対して口を開く

「なんというか…。本当に大変だったんですね。私ではとても想像がつきません。でも、今はお二人がちゃんと一緒にいられるようでよかったです。私にできる事なら手伝いますからなんでも言ってください！」

ぐっと両拳を胸の前で握って見上げてくる。何やら思い詰めたような必死の表情で助力の申し出をアピールしている
何やら色々想像して勝手に感きわまっているようだ

「例えばベルシーの方のリンディの体を作るのだってやりますよ！もちろんパンですけど。あ、でもそれじゃ都合悪いか…」
「いきなりどうしたのこの子？」
「さぁ、わかる気はありませんが恐らく今の状態を止むに止まれぬ理由でなったとか勘違いしているのでは？」
「あぁ、そういうことね…」

ぐいぐいと話し掛けてくるフィルンを押しとどめながらリンディ同士が話し合い結論を出す
面倒なのか詳しく説明する気はないようだ

そんなこんなをしている内に日は大分暮れかかってきていた
フィルンもそろそろ帰らないと明日の移動に差し障る。リンディが押し返すようにしてフィルンを剥がす。

「あらもぅ時間ね。積もる話しはまた今度しましょ」
「あぁ、ほんとですね。もぅこんな時間だ。じゃぁ、リンディさん、また」
「その時はパンは持ってくるなよ、くれぐれも」
「ん、もぅ大丈夫ですから。安心していいですよ」

その日はそれで別れたのであった